【連載】めろん。7

・玉井 茉菜 10歳 小学4年生
教室の机の下、お道具箱の引き出し。筆箱を机上に置いて元通りにしまう。
「あれ?」
さっきまですっぽりちょうどで入っていたお道具箱が頭を、ひょっこりと覗かせたまま、奥に収まらない。
おかしいな。さっきまでちゃんと入ってたのにな。
気付けば無意識に「んしょ、んしょ」と声を出してお道具箱を押し込んでいた。
どうしてだろうと不思議に思い、お道具箱を一旦出して机上に置く。そして机の奥に腕を突っ込んだ。
あっ。
ぶに、という触感。指先に触れたその感触で私はそれがなにか思い出した。
しまった……。
ゆっくりと奥からそれを引き出す。現れたのはビニール袋の、びっしりのカビで黒くなった給食のパン。
「うわーー! 先生、玉井の机から腐ったパン出て来ましたー!」
「ええっ、ちょっと村岡……」
私が制するのが間に合わず、教室中に悲鳴が上がる。男子は怖いもの見たさで黒いパンを見て囃し立て、女子はゴキブリでも現れたのかと思うほど教室の隅に固まってただただ悲鳴を上げている。
「コラぁ! 席に着きなさい! 玉井さんの机からパンが出てきてもあなたたちには関係がないでしょう」
「でも先生~! 教室中に菌がぁ~」
「ビニール袋に入っているし、すぐに捨てれば大丈夫です! 玉井さんも袋のままそんなところに置いていたら、そういうことになるってわかっているでしょう!」
ごめんなさい、とちゃんと言ったつもりだったが、先生には聞こえなかったらしくさらに叱責は続いた。結局、一番しつこかったのは先生だ。
真っ黒に原型をとどめないほどぐずぐずになったパンは、鳥肌が立つほど気持ちが悪かった。ビニール袋越しとはいえ、触った感触も最悪だ。背筋を寒くしながらパンを捨てた。
だけど本当に最悪なのは、こういうことがあると少なくとも一週間はクラスの男子に変なあだ名をつけられ、からかわれることだ。あいつらは相手が女子とか、男子とかというのは全く関係がない。嘆息しきりで私は椅子に腰を落とす。
こういうこともあり、今日は運が悪い日だった。
帰り道にある空き家の隙間。しゃがみ込んで物置の隙間を覗き込んでみる。
「いないなぁ」
ちょっと前からここに野良猫の親子が棲みついていて、それを見てから帰るのが日課になっていた。おでこのあたり、三角形に赤茶色の毛が生えている特徴的な猫だ。
友達にも言わず、私だけの秘密にしていたが誰かに秘密が知れてしまったのだろうか。それともただ今いないだけか、引っ越したのか。
なんにせよ、私は寂しく思った。なんだか、もう二度と会えないような気がしたからだ。
ランドセルが重い。今日は理科と社会があった。国語の宿題に漢字ドリルまで出されたから、余計に重い。早く帰ろう。
立ち上がり空を仰ぎ見ると灰色の雲で覆われている。雨が降りそうだ。
駆け足で家に向かった。
「メロ~ン」
ママが帰ってきた。いつもなら帰っている時間のはずだから、きっとスーパーで買い物をしてきたに違いない。じゃあ、おやつもあるということだ。
嬉しくなって玄関のママに駆け寄る。
学校であった厭なことはおやつを食べて忘れてしまおう。ママが両手に下げたスーパーの袋を見て私はそう誓った。
それにしても今、『メロ~ン』と言ったような気がする。私を笑わせようとしたのか。
「おーかえりぃ~」
ママはニコニコと笑って棒立ちのままだった。私が近くに来ても動く気配がない。
「ママ?」
そうするとママはおもむろにレジ袋の中から丸々と綺麗な形をしたメロンを取りだした。メロンを買ってきたから『メロ~ン』と言ったのか。
メロンなんて滅多に食べない。パパもママもフルーツを進んで取るほうではなく、食卓にそれらがある光景のほうが珍しい。私はメロンを見て嬉しくなり、ママに抱き着いた。
「メロン」
突然、突き飛ばされた。気付いた時には尻餅をつき、ママを見上げていた。一瞬、なにをされたのかわからず唖然とする。
「ママ……」
はあ、と深いため息を吐くとママは私を横切ってキッチンへ行く。ガチャガチャとキッチン用具を漁る音が聞こえてきた。
「メロン、メロン。メロン」
まただ。またママはメロンメロンと言っている。なぜ、帰ってから「メロン」としか発していないのか見当もつかない。ただ、笑顔だけは絶やさず佇まいがいつもと違う……ように思う。
「メロンぁ、メロ~ン」
なんだろう。イントネーションだけで聞くと呼んでいるようにも聞こえる。でも、内容は『メロン』だ。ママはまだふざけている。でも、なんでメロン?
そう訝しみながら、キッチンで鼻歌を唄っているママの後ろ姿を覗き込んだ。
ママは笑っている。機嫌がすこぶるいいみたいだ。けれど、どこか気味が悪い。なぜそう感じるのか、私に根拠を探る術はない。
「ママ、どうかした?」
「メロン、メロン!」
突然、メロンと叫びママがなにかを投げつけてきた。咄嗟のことに身体が強張る。間髪入れずにもう一度、なにかが壁にぶつかって落ちる音がした。
3度目が来るかもしれないと目を閉じたが、なにも飛んでこなかった。
なにが飛んできたのか気になり、ふと床に目を落とすと庖丁が落ちている。
「庖丁……?」
え? どうして? なんでここに庖丁が落ちているのだろう。
まさか、と思いながら恐る恐るママを見る。ママは、よだれを垂らして私を見つめていた。とろんとした、言いようのない目で。
ママが……私に庖丁を投げた……?
その思いが胸に降りてきたのと同時に、烈しい震えが私を襲った。寒気がする。
それなのに股間から太ももにかけて温かい。そのアンバランスさがより私を慄かせた。
「メロン」
ママはキッチンバサミとバーベキュー串を手に持ち、今度は私にゆっくりと迫ってきた。目は血走り、真っ赤。なのに……なのに、笑っている。
怖い。
もっとも強く湧き上がってきた感情は、今までママに向けて感じたことのない恐怖。そんなはずはないのに、ママが私を殺そうとしていると直感した。
「メロンっ!」
ママが叫んだ声と、地鳴りのような踏み込みで我に返った。ここでじっとしていたら死ぬ!
「メロン……メロン……」
「助けてーッ!」
私は無我夢中で、外に飛び出した。
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