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【夜葬】 病の章 -11-

公開日: : 最終更新日:2017/01/17 ショート連載, 夜葬 病の章

 

ー10ーはこちら

 

 

 

三舟の家は村の中でも比較的大きい方の家屋だった。

 

 

これから父子二人で住まうには些か広すぎるほどに。

 

 

「わあ、すごいすごい! ここが今日から僕たちのおうち?

 

 

興奮する鉄二に返事をしてやるものの、元は戸惑っていた。

 

 

いくら小夏の生家で、彼女の夫である自分が住んでもいいと言ってもこんな立派な家に住んでもいいのかという怖れ。

 

 

小心者の元らしい怖れではあるものの、これまで自分の住んでいたボロ家と比べれば致し方ないことなのかもしれない。

 

 

船頭に鍵はないのかと訊ねたが、この集落は外から誰か来ることもなければ中からなにかを持ち出すような者もいない……というわけで、戸に鍵はないと言った。

 

 

実際に引き戸に力を入れるとなんの抵抗もなく、敷居が鳥の鳴き声のような軋みを立てて開いた。

 

 

「わあっやったあ! やったあ! 僕のおうち!」

 

 

普段はおとなしくしている鉄二も開け放った戸の土間、さらに奥に続く廊下にたまらず駆けて行った。

 

 

「鉄二! ……まったくはしゃぎおって」

 

 

居間に入り、庭に出る納戸を鉄二と一緒に開け屋内の空気を入れ替える。

 

 

しばらく人が住んでいなかった割には埃もさほど積もっているわけでもなく、大した掃除はしなくとも良さそうだった。

 

 

こんなところでも町との違いを肌で感じながら元は縁側に腰を掛け、良く晴れた空を見上げた。

 

 

「父ちゃん、遊びに行っていい」

 

 

「ああ。行ってこい」

 

 

――なんとか上手くやっていけるかもしれんな。

 

 

一時はどうなるかと思ったが、一夜明けて元は鈍振村で生活してゆく自信がつき始めていた。

 

 

 

鉄二が外に出て辺りを見回すと、同じくらいの歳の子供たちが相変わらずこちらの様子を窺っていた。

 

 

「え、えっと……」

 

 

知らない人間と親しくなる術を持たない鉄二がもじもじしていると、おかっぱ頭の少女が近づいた。

 

 

「下の町から来たって本当?」

 

 

「え? う、うん……」

 

 

「みんな本当だって! 町から来たって!」

 

 

鉄二の返答を受け、おかっぱの少女は他に隠れている子供たちに向けて叫んだ。

 

 

「わああっ! 外の人だ!」

 

 

「すっげー! 初めてみた!」

 

 

「なあなあ教えて教えて!」

 

 

おかっぱの少女の呼び声を合図にして、わっと集まる子供たち。

 

 

その中心にいた鉄二は、次から次へと質問攻めにされた。

 

 

これまで住んでいたところでは、学校でも近所でもこんなに自分が話題の中心になることはない。

 

 

幼い鉄二はそれだけのことでも無性に感動したのだ。

 

 

「あたしは船坂ゆゆ。よろしくね」

 

 

おかっぱの少女がそう名乗ると、我先にと他の子供たちが鉄二に名を名乗ってゆく。

 

 

「俺は舟越伊三!」

 

 

「舟谷厳っていうんだ」

 

 

「舟尾道夫だよ」

 

 

「木舟時子―」

 

 

みんなが自分に挨拶してくれることが嬉しくなった鉄二は、彼らに向かって今度は自分が名乗る。

 

 

「僕は黒川鉄二! よ、よろしく」

 

 

「……」

 

 

ところが鉄二が自分の名を名乗ると、なぜか子供たちは黙ってしまった。

 

 

鉄二はその妙な空気に気が付くと戸惑った。

 

 

「……黒川? それって名前なの」

 

 

ゆゆがぼそりと訊ねた。

 

 

どうやら自分たちとは違う種類の苗字に聞き慣れず、驚いたらしい。

 

 

「え、うん。前のところだったらみんなバラバラの名前だったけど、ここはみんな名前似てるんだね」

 

 

船頭を元に、三舟、船家……それに鉄二に名乗った子供たち。船坂、舟越、舟谷、舟尾、木舟……。

 

 

その誰もが苗字に『船』もしくは『舟』の字が入っている。

 

 

鉄二は感じのことまでは分からなかったが、『ふね』『ふな』という音くらいは聞き分けている。

 

 

いくら子供でも似た名前ばかりだということには気づいたようだ。

 

 

「へえ、そうなんだ! 町の人たちはみんな違う名前なんだね。黒川なんて名前初めて聞いたからびっくりしちゃった」

 

 

ゆゆは暗にこの村で『舟』が付いていない名前なのは鉄二……黒川家だけだと言った。

 

 

だがそれ以上のことは聞かず、この先の学校の広場で遊ぼうと鉄二を誘う。

 

 

「うん、遊びたい! なにして遊ぶの?」

 

 

「八走(やそう)って知ってる?」

 

 

「やそう? ううん、分からない」

 

 

「じゃあ、教えてあげるから八走やろう!」

 

 

ゆゆが言うに、『八走』とは鈍振村特有の子供遊びだという。

 

 

村の葬送風習にちなんだ遊びらしく、【どんぶりさん】を決めるところから始まる。

 

 

ここでいう【どんぶりさん】とは鬼ごっこでいうところのいわゆる【鬼】である。

 

 

【どんぶりさん】になった者はまず100を数え、数え終えると「そーこにいるんでーすねー」と隠れている者たちに呼びかける。

 

 

それがスタートの合図だ。

 

 

そうしてかくれんぼの要領で隠れている者を探し出し、見つければ鬼ごっこの要領でタッチする。

 

 

そうすれば【どんぶりさん】が入れ替わり、タッチされた者が【どんぶりさん】になる。

 

 

タッチする際、必ず【どんぶりさん】はカウントを宣言しなければならない。

 

 

例えば、最初の【どんぶりさん】が誰かをタッチする際は「いーち(一)」と宣言し、次の者がタッチする際は「にー(二)」と言う。

 

 

八走は、これが九人目まで到達することで終了する。

 

 

また缶蹴りのような要素も含まれており、地面に突き立てた棒を倒すことで【どんぶりさん】に三〇秒数えさせることができる。

 

 

しかし一度【どんぶりさん】を経由している者は棒に対する攻撃権がない。

 

 

他にも細かなルールがあるが、おおまかにはこういうことだ。

 

 

 

-12-へつづく

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