【夜葬】 病の章 -61-
一九五三年一一月二九日。
村の広場は祭囃子で包まれ、この年がもっともにぎわった。
それもそのはずである。外からの流入者に加え、宇賀神らも招いての盛大な祭りだった。
戦前は“福祀り”と呼ばれていたこの祭りも、いつの頃から“どんぶり祭り”と呼ばれるようになり、子供たちを中心にして大いににぎわう。
船乗りも、新しい者も、誰もがこの村にあった因習【夜葬】の呪縛を忘れそれが過去のものとして消え去ろうとしている。
船坂や船頭のように【夜葬】にこだわっていた者たちももういない。
名の変わった祭りが指し示すように、いずれは【夜葬】も完全になかったものとなるのだろう。ただの伝説として、噂で残る程度だ。
誰もがそのように思っていた。一部のものを除いて。
その中の中心にいたのが宇賀神だった。
「宇賀神さん! ここにいたのかい、やあやあ呑めや呑めや!」
「おお、これは吉蔵さんに松代さんじゃあないか。ありがたくもらうとするよ」
櫓を見上げ、物思いに耽っていた宇賀神を見つけ、酒を進めたのは意外にも船乗りである吉蔵だ。
その隣には妻の松代がニコニコと笑顔で会釈をする。
宇賀神は吉蔵の言われるままに盃を飲み干す。それを見て気をよくした吉蔵がもっと呑めと二杯目を注いだ。
「いやあ、宇賀神さんのおかげで今年の祭りは特に盛大だぁ。本当に感謝してるよ」
「ははは、なんのなんの。大したことはしていない。ここに持ち込んだものだって、村で獲れた野菜や工芸品と交換しているし、思っているほど悪くはないのさ」
これは宇賀神の法螺である。
実際は宇賀神と彼の募った出資者からの貢ぎ物だ。所詮は食材や日用品。数百人しか住んでいない村人に分け与えてもそれほど大きな金は費やしていない。
なにより村での信用を得ることがなによりも重要だった。
これこそが窪田との計画の要なのだ。
ゆゆを殺した後、窪田は数日して墓を掘り返し穴の空いた頭蓋骨だけを持って宇賀神の下へ現れた。
前回、窪田の傍らにいたはずの鉄二の姿はない。
窪田曰く、この頭蓋骨こそ【夜葬】の証拠だというのだ。作り物にしては精巧だったし、偽物だとしてもどこで髑髏(しゃれこうべ)を手に入れたのかがわからない。
仮に髑髏を入手してあとから穴を開けたとしたとしても、窪田が自信満々に言う『村にはもっと沢山のどんぶり髑髏がある』という言葉に魅力には勝てなかった。
そして実際に足を運び、窪田は夜、宇賀神の目の前で別の墓を掘った。
「本当に……穴が空いている。これを同じ村の人間がやったというのか」
「そうみたいですねぇ。もっとも、今は黒川がいらんことを助言したせいで火葬にしているらしい。けど、古い船乗り姓の連中はまだ知っている。口にはださないがあれはきっと、【夜葬】を再びやるのを虎視眈々と狙っている気がするね。俺ぁ」
土のついた手で足をぬぐい、濁った汗の塊が窪田の顎から落ちた。
【どんぶりさん】の名の由来通りに顔面を抉り取られた骸骨を見るその目は、理解不能の人種を蔑んでいるようだった。
だが瞳の奥にはさらに別の、欲望めいた色も見える。
宇賀神は本能的に見抜いていた。どちらが窪田の本性なのか。当然、後者だ。
「ところで吉蔵さん」
回想を一区切りさせ、宇賀神が名を呼ぶと吉蔵はなんだい? と酒を煽りながら振り向いた。
「【夜葬】という風習があったらしいですね」
一瞬、吉蔵の顔から表情が消え真顔になった。
だがすぐに綻ばせると「物知りだねぇ。誰から聞いたんだい」と聞き返す。
「ええ、村の人にちょっとね。なに、私は生まれも育ちも町なもんで。こういった集落での独特の儀式には以前から興味がありましてね」
「そうかい。まあ、取るに足らない葬送風習だよ。通夜に赤飯を食うくらいだ」
「赤飯?」
「ああ。赤く炊いた飯を通夜に食ってな、みんなで魂を送り出すんだ」
「それだけ?」
「それだけさ。別になんも不思議じゃねえだろう」
「あ、いえ……私は風習というくらいだからもっと特別なことをするのかと思っていましたよ。例えば、顔に――」
「顔に、なんだ?」
明らかに声色が変わった。
低くくぐもるような……吉蔵のそんな声を聞くのは初めてだった。
「顔に米つぶを付ける……とか」
「米ぇ? あんた面白れぇな!」
がっはは、と吉蔵は笑っていたが目元だけは笑っておらず、じっと宇賀神を見つめたままだった。
そしてそれは傍らに立っていた松代も同様であった。
「けど残念だが、それはもう廃れちまった。今では死者はみんな炭になるまで燃やしてから骨だけを埋めるんだ。なにか飢饉でも起こってよっぽど神さんに願わねばならんくなるまでは……まあまたふっかつすることはないだろうなぁ」
「飢饉……」
「巷じゃ結核が流行ってるんだろう? 窪田が言ってた。宇賀神さんも気を付けないといかんぜ」
吉蔵への気遣いの言葉に宇賀神は礼を言いながら、簡単に【夜葬】の話は聞けないと諦念を抱いた。
ただでさえ村の船乗りは少ない。
少ない彼らが【夜葬】を語らなければ、だれが語るというのだろうか。
宇賀神は太鼓の音が耳障りな広場から少し離れた木陰に非難すると、たばこに火をつけた。
「さぁて、どうするかね」
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