ソープ・ら・ンド
■心待ちにしていたボーナス
先に言っておくと、俺はずっとこの日を心待ちにしていた。
リーマンショックからやたらと額が減ったボーナスだが、それでもあるとないとではまるで違う。
給料の3カ月分がドカッともらえるわけだから、いい話じゃないか。
独身を満喫するためには三割残しで全部使う。これに尽きる。
ところで知っているか? この世界には一回20万円もする高級ソープがあるんだってさ。
ボーナス支給までの一か月間、通勤や休憩時間を利用してとにかく俺は調べまくった。
結婚して子供ができりゃイヤでも小さくまとまっちまう。そうなる前にそうなった後じゃ絶対にできない遊びをしようと決めたというわけだ。
それがさっき言った高級ソープというやつなのさ。
■“普通じゃできない体験”
数あるソープランド店のHPを見ながら、俺は一つの店に決めた。
その名も『プラチナタイム』。
まさに高級って感じがするじゃないか。
俺はこれまでいろいろな風俗は経験してきた。まぁマニア……とまでは言わないが、人並みより少し多く行っているのかもしれない。
だから見た感じで地雷であるかどうかくらいわかる。
いくら高級風俗だからといっても文句なしの上級体験ができるかと言えばそれもツキが絡んでくるのだと思う。
俺のようにちゃんとリサーチを重ね、時間をかけて選定するからその地雷を回避する確率を上げることができるのだ。
だからハズレや地雷を引く確率なんて途方もなく低い……というわけだ。
HPで在席する女を見たところ、上級クラスの女はみな顔出ししていないこともポイントが高かった。
こういった店は経験上、ブスを隠すためでなく自らの地位を脅かさないための処理であることが多い。
目的地へと向かう電車の中、俺の胸は高鳴った。
■待合室
駅に着くとロールスロイスが俺を出迎えた。
確かに高額の高級風俗だが、これにはさすがの俺も面食らった。
こんなにもすごいVIP待遇で出迎えてくれるのか。
乗車すると中はもはや移動する高級BARで、ウェイターの男が飲み物を訪ねた。
与えられたメニュー表を見て、金額がないことに戸惑っているとそれを察したウェイターが「お代はすべて入浴代に含まれておりますのでご安心ください。なにをどれだけ飲まれましても金額の増減はございません」と言ってくれた。
(マジか)
心の中で驚いたのも無理はない。
なぜならメニュー表に書かれていたドリンクはどれも高級なシャンパンやウィスキーばかりだったからだ。
「じゃあ……このシャンパンを」
口にするのもはばかれると俺はメニューを指さし、ウェイターは一言かしこまりたとだけ発し、カウンターへと去った。
かと思えば黒いタキシード姿の違う男が俺にタブレット端末を手渡すと、笑顔で「到着するまでの間当店自慢のコンパニオンをご覧ください」そう言って捌けてゆく。
そして絶妙のタイミングでシャンパンが運ばれてきた。
タブレットに目を落とすと俺は驚いた。
HPで顔を隠されていた女性の顔がすべて出ていたのだ。
そしてそれは俺の期待以上のクオリティだった。
(こんな女と本当にできるのか)
各コンパニオンのプロフィールなどを見ていくと実に様々な女性がそろっていた。
モデル体型から、アイドル体型、ハーフ系の女性もいれば黒人やロシア系の女性もいる。
そしてプロフィールの下には必ず、『※この写真はあくまで参考画像です。実際はもっと刺激的な姿であなたに“普通では体験できない”特別な夜を提供いたします』とあった。
俺の胸の高鳴りは最高潮に達し、それをシャンパンで沈めるだけで精一杯だった。
■特別な夜
到着したのはこれも高級感漂う、一見して性風俗の店だとは到底思えないような風貌のビル。
その中に案内された俺はどの女にするか決まったかと聞かれ、ひとりのコンパニオンを指さした。
目が大きくて胸の大きい細身の女。笑顔とシルクのドレスが俺の心臓を鷲掴みにしたのだ。
こんな女と“普通ではできない体験”ができるとは……
想像が膨らみ、血液が熱くなる感覚を覚え、俺自身がこれまでに経験したことのないほどの興奮を感じていることを自覚しはじめる。
タキシードの男がかしこまりました、とエレベーターのボタンを押しドアが開くとドアを抑えながら深くお辞儀をした。
「それではごゆっくりお楽しみください」
エレベーターは自動で止まり、再び開くと俺の視界には性を体現したかのような部屋が広がる。
真ん中のへこんだ椅子や、磔台、部屋の中央にあるバスタブ、分娩台まである。
壁には様々なそれ用の道具が吊るされ、どうぞご自由にお使いください感を俺に強いた。
その部屋は俺を心の底から興奮させたものの、肝心な女がいない。
キュルキュル……
どこからともなく聞こえるなにか金属的な機械がうごめく音。
その音と最も似ているものを現すのならば、そう戦車のような……。
「このたびはよくいらっしゃいました」
透き通るようなきれいな女性な声がした方を見ると、理解不能なものがそこに佇んでいる。
車いすのような椅子にキャタピラがついていて、両腕のない女。
顔はフルフェイスのヘルメットをしている。
「……は?」
なにかのユーモアなのか、演出なのか。
どういう意図があってそのようなわけのわからない女がいるのかわからず俺は戸惑った。
「“普通ではできない刺激的な経験”を提供いたします……」
そういった女のヘルメットが中心できれいに割れると、床に落ちた。
「え? ……うわあああ!」
ヘルメットの下に現れたのは、どろどろ溶けた顔面。
醜くただれた顔とは対照的なきれいなドレスと、よく整えられた髪がより狂気を際立たせている。
「当店ではコンパニオンが『死ぬ以外の行為』ならなんでもしていいことになっております。ですが初めてのお客様に限りまして本来の禁止行為である『殺害』することができますので、どうぞお好きな道具でどのようにでも私を殺してください。まだ肛門も膣も無事ですので性行為に興じたあとに殺すもよし、殺さないことも大丈夫です」
キュルキュル
その音を鳴らしながら表情のわからない女は俺に近づいてきた。
「さあ、お客様の好きに……」
後ずさりをした拍子にバランスを崩し尻もちをついた俺の目に壁に掛けられた道具たちが目に入った。
部屋に入った当初は性的な興奮で目に入っていなかった、斧やノコギリ、鞭などが目に入った。
バスタブには『硫酸風呂』とある。
「も、もしかして……お前、あの女なの、か……」
「おかしいことをおっしゃるのですね。写真を見て私をご指名くださったのでしょう? あの写真はすべて『元々はこうでした』というものです。もっとも、今の方がキレイでしょう?」
表情が分からないほどただれているのに、確かにその女が笑っていることだけはわかった。
「うわああああ!!」
――店を出て帰りの車に乗る際、タキシードの男が「いかがでしたか」と尋ねてきた。
「また次のボーナスのときに来るよ。必ず」
高級風俗なんて人生に一度、記念でいくことができればそれでいいと思っていたのに。
どうやら俺はハマってしまったようだ。
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