【連載】めろん。72
・破天荒 32歳 フリーライター⑭
広志が研究室をでていって一日が過ぎた。
檸檬は時々話したりするが、基本的に黙っている時間が長い。この歳の子供がよくこんなところでじっとしていられるものだ、と大人の自分が感心するくらいだった。
私のほうはどうかというと、不謹慎だと思いながらも暇を持て余している。この研究室は、最初こそ見た目のインパクトはあるが2時間もすれば慣れる。
今ではなんの目新しさもないし、興味のある機器などに触ろうものなら坂口にどやされる。見た目どおりの神経質さで、私の一挙手一投足にいちいち反応してうざいことこの上ない。
その坂口はなにをしているかというと、一日中パソコンに齧りついている。私たちに付き合ってか、それとも単純に信用されていないだけなのか、ともかく坂口も研究室で私たちと過ごしていた。
二台のパソコン、5枚のディスプレイをひとりで操る後ろ姿はさながらマッドサイエンティスト然としている。実際に大げさではなくそうなのだろうが、映画のワンシーンを垣間見ているようでなんだかおかしかった。
「ずーっとそうしてるの」
「そうしてる、とはどうしてる状態のことだ」
「だから、パソコンの前にいてるの」
「他にすることがあるのか」
ここは研究室だぞ、とご丁寧に付け足した。
「ちょっと聞いていい」
「気が散る」
「あのさ、なんで誰も来ないの」
「人の話を聞いていないのか。ますます気に入らん女だ」
「ねえ答えてよ」
ふぅー、と大きな溜め息を吐き、坂口は回転いすでくるりとこちらを向いた。
「ここは俺の領域だ。俺がいないとここは正常に動かない」
「答えになってないんだけど。ていうか、それでいいの。誰かがいないと機能しない研究所なんて」
「研究所だからだ。研究所とはつまり研究者に与えられた環境であり、職員として介在できてもそこの首長として稼働させるのは不可能」
「そこまで権限があるんだ」
「権限ではない。責任だ。与えられる代わりに確実に成果をもたらせねばならない」
「じゃあ、どうなったらここは解体されるの」
「メロンを完全に支配すれば、無用になるだろうな」
そんなことができるのか訊こうと思ったがやめた。坂口がなにをやっているのか、具体的なことはちんぷんかんぷんだが、メロン解明の研究が順調に進んでいるとは素人目に見ても思えない。
それに真新しい施設でないことも見てとれた。日進月歩といったところなのか、確実に進んではいるがゴールにはほど遠そうだ。
それを思うと理沙がメロンを克服できるのは一体いつの話なのか、気が遠くなりそうだった。
「奴らは俺がここを放棄するのを警戒しているからやってこない。お前たちになにか危害を加えて、俺が機嫌を損ねたとすればそれが引き金になりかねない」
「機嫌を損ねたりするの」
「せいぜい願っておくといい。とにかく、奴らにとってはお前たちが侵入したことなど些末なことだ。だからリアクションがない」
「些末なこと……ね」
言われてみればそうだ。広志はかなり警戒していたが、それに反して両間側からはまったく反応がない。わざと泳がせているのか、と思ったがそれにしてはあまりにも放置しすぎではないか。
ひとり調査に行った広志はともかく、私たちは施設の中にいるのだ。どれだけ楽観主義でもここまで放っておくことなどありえるのだろうか。
「気になるか」
「気になるから聞いたんだけど、全然納得いってない」
「頭の悪い女だ」
「頭が悪いんじゃなくあんたに配慮がないだけでしょ」
「そうやって突っかかるだけなら誰だってできる」
「呆れた。一度だってあたしを特別視したことあんの?」
ないな。ときっぱりいった。なんなのだこの男は、おちょくっているのだろうか。
「もしかしてあたしを馬鹿にして暇つぶししてる?」
「バカになどしていないし、こんなことが暇つぶしになるか」
「だったらもうちょっと納得できるように説明してくんない」
「ライターだったな」
それがなによ、と答えると坂口は微かに目を細め、じっと見つめた。
「な、なによ」
「そういうことにしておけ、ということだ」
「なんの話?」
「納得できないことは織り込み済みだ。その上で、そういうことにしておけと言っている」
「…………つまり、そういうこと?」
坂口は無言でパソコンに向き直った。
なるほど、盗聴されてるということか。わかっていたはずなのに、思い至って頭を掻いた。
放置されているわけがなかった。全部聞かれているし、見られている。
改めて気づかされ、頭がおかしくなりそうだった。
「ずっと監視されてる?」
「言った通りだ。それは違いない」
言った通りで違いない……それはどういう意味だろうか。
そのまま受け取るとすれば、監視はされているが注目はされていない、警戒に至って牌ないということか?
確かに今の私たちが奴らにとって危険分子かと問われれば答えに詰まるところだ。
「なるほど……そういうことね……」
ようやくことのサイズ感に気が付いた。
こっちは大人ふたりと子供ふたりのたった4人だ。たった4人でなにができるというのだ――ということ。
「舐められてるってことか」
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