猿の血 2 / ホラー小説
■異変
俺が青果店でバナナを盗んだしばらく後、ひっきりなしに家族がやってきた。
どういうわけか恋人はもう来なくなった。
「~~~」
相変わらず訳の分からない言葉で、母親と父親が俺を見ながらこそこそと話しをしている。
俺はところどころ痒みを覚えて、ノミ取りをする。
寝る時も横にならず、ひざを折り曲げて眠るようになった。
「~~~!」
母親が泣いている。父親は母親の肩に手を乗せて何かを言っている。
眠い。
勝手にしてくれ。
■なにになった?
病院のような施設に連れていかれたのは、それから数日後のことだった。
腹が減って、外に出たかったが部屋は中から外に出られないように鍵が施されていて、ベランダからも出られないように窓も頑丈に固めてあった。
隅を陣取り、俺は畳の隙間から時折見える小さな虫を摘まんでは口に運ぶ。
暗い部屋で俺はたまに高い声で叫んだりしてみたが、誰がどのように反応することもなく、暗闇はなにも俺に与えてはくれない。
「~~~」
白い防護服のような恰好をした連中が突然訪れ、俺になにかを打ち込んだ。
そして、目が覚めたらこの施設だった……というわけだ。
最初は、病院だと思った。
それもそうだ、俺自身自分がまともだとは思っていない。
一体自分がどうなってしまったのかもわからないが、なぜかそれについて強い関心も興味も沸かなかった。
それも含めて、恐らく俺は『病気』なのだと。
だが、時折尋ねてくる人間を見て俺はここが病院ではないことが分かった。
白衣ではあるが、来る人間来る人間、どいつもこいつも大層なマスクをしていたからだ。
「~~~」
相変わらず分からない言葉を言う。
そして、俺に注射をしたり、見せたりして反応を調べているようだ。
なぜ、俺が大人しく注射や実験的なことを大人しくされるがままなのかというと、簡単な話、ベッドに拘束されていたからである。
ご丁寧に暴れられないように、両手両足を鉄の輪で拘束されていた。
■どこでこうなった?
俺は一体どこから、こうなったのだろうか。
自分なりに記憶を遡っていくと、おかしくなったのはどこからか大方の検討がついた。
……バイク事故からだ。
バイク事故の前はこんなこともなかった。
じゃあ、バイク事故でなんでこうなった?
救急車に運ばれて、治療を受けて……輸血された。
……輸血?
人間としての思考と、異生物のような言動がリンクしない気味の悪い感覚の中、俺は考えを張り巡らせる。
冷静に考えられる俺と、感情で動く体。
心と体がまるで別の生物のような、アンバランスな感覚。
これは、きっとあの輸血からだ……。
となると、どうなる?
あの血が普通の血じゃなかったってことか?
――まさか。
血が腐っていた? いや、外国人の血だった? それとも違う生き物の血だったとか……?
俺は一つの正解に辿り着いたような気がした。
もしかして、もしかして……違う生物の血だったとか?
しかし、普通に考えて人間以外の血が体内に入ったとなれば、拒絶反応を起こし多臓器不全を起こすって聞いたことがある。
つまり、こうやって普通に生きているはずがないのだ。
■普通に生きている
待て、普通に生きているはずって……、これが普通と言えるのか。
他の人間の言葉がわからなくなり、自分の行動がコントロールできなくなり、食べるものも変わった。
そして今この状況だ。
……そうだ、考えれば考えるほど、これが普通な訳がない。
ということは、なにか別の血が体内に入ったことに俺の身体が同調したと思うのが自然だ。
ともすれば、……一体なんの血が入ったというんだ。
俺の体になんの生き物の血が……。
木の実、野菜、バナナ……。
俺は笑ってしまった。なんてわかりやすいのか。
猿だ。
俺の体に猿の血が入ったのだ。
そうとしか思えない。
だが、なぜ輸血パックに猿の血が混じっていたのだろうか。
正式に採血されたってことだよな?
ということは、他に俺と同じく猿の血が輸血されたかもしれないやつがいるってことか?
俺は突然、恐ろしくなった。
当たり前のように、人間に猿の血が注入される。
しかも公的な機関で、だ。
もしかして、俺と猿の血が同調したのは偶然ではなかったのかもしれない……。
【同調するように精製されたもの】だったとしたら……。
「こんにちは」
突然、挨拶の言葉が俺の耳を叩いた。
驚いて俺が首を起こしてみると、俺の腹の上に首になにか輪を付けた猿が俺を見下ろして座っていた。
「~~~」
《俺の言葉がわかるのか》と言ったつもりだったが、俺が発した言葉は俺自身も理解できないものだった。
俺は、絶望した。
「人間は簡単に他の生き物になるんだね。そして、この実験は成功したみたいだ。いずれ、これは人類と人類以外の生物を一つにつなげることになる。生物の種類は壁を失くし、やがて地球と生物はひとつになるのさ」
よく喋る猿だ。……ん、猿は俺か?
部屋に感じる気配。
腹の上に座る猿だけではないようだった。
――なんだ? 他にも誰かいるのか?
必死で持ち上げられるところまで首を持ち上げ、室内を見渡すと、最近顔を見ていない恋人が四つん這いでうろちょろとしていた。
「ぶひ、ぶひ」
――なるほど、あいつは豚の血をいれられたのか。
俺は納得すると、猿……いや、ヒトに見下ろされながら一眠りした。
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