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【連載】めろん。29

公開日: : 最終更新日:2019/10/22 めろん。, ショート連載, 著作 , , ,

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・星野檸檬 11歳 小学生①

「お姉ちゃーん、かーえろ!」

 教室に妹の声が響き、遅れてくすくすと笑い声が聞こえる。クラスメートの女子たちだ。

「おーい、娘が迎えに来たぞ! ママ~、ママレモン~!」

 うるさい、ママじゃない!

 喉まで出かけた声を呑み込む。ホームルーム後の開け放たれた教室の入り口で、妹は爛々としたまなざしで再度私を呼んだ。

「お姉ちゃーん! お姉ちゃーん!」

 きゃはは、と笑い声が沸く。

 私が笑われているような気がして顔が熱い。

「耳、真っ赤!」

 妹の理沙が駆け寄った私を指さしておかしそうに言った。

 また教室に笑い声があがる。

 笑い声から遠ざかろうと理沙の手を引き、廊下を行く。手を引っ張られ、うまく歩けない理沙は私がふざけているのだと思い、うれしそうに笑った。

「笑わないで!」

「だって、だってぇ~……あっははっ」

 腹が立った。

 持っていた手提げカバンで思いきりぶってやろうかと思った。

 だが廊下には下校支度をしている児童たちが犇めいている。もしもそんなことをしようものなら、さらに私は笑いの的にされるだろう。

 大方、『毒親』とか『教育ママ』とかそういうのに決まっている。

「あ、またママレモンが子供を迎えにきているぞ!」

 今度は隣の教室の男子が揶揄った。私は目を合わせず、さらに歩みを速める。

 なぜ、姉だというだけでこんなにバカにされなければならないのかわからなかった。

 ただはっきりしているのは、理沙が毎日毎日放課後にやってくることが原因だった。

 4つ下の理沙は一年生。

 両親が共働きなので通学は一緒にしている。

 それが私の枷になっていた。

 理沙が毎日私を呼びに来るたび、クラスメートは笑った。まるで母親みたいだ、と担任が言ってからそれが定着したのだ。

 担任を恨んだ。だがもう遅かった。

 小さな社会でひとりだけ存在する大人は絶対だ。それが名付けた不名誉なあだ名は卒業するまでずっと付きまとうに違いなかった。

 それに私の名前も悪い。

『檸檬(れもん)』。

 名付けたのは母親だった。かわいいと今でも言われるが、漢字が難しくて未だに私はちゃんと書けない。それに初見で正しく呼んでもらえることも稀だった。

 日本人なのに外国人のような響きで、しかも果物の名前だ。

 物心ついたときから私は自分の名前がコンプレックスだった。

 事実、クラスメートからは『ママレモン』だなんて呼ばれている。

 一方で理沙は父親が名付けた。母親が妹に私に輪をかけてひどい名前を付けかけたからだという。

 私は理沙が羨ましかった。理沙の普通の……人間らしい名前が。

「檸檬~バイバーイ」

 何人かいる、私の名前をいじらない友達が手を振った。

「いいなぁ、お姉ちゃんはかわいい名前で」

 手を振り返す私を見上げ、理沙は不満げに口を尖らせた。

「羨ましくない。私は理沙のほうがよかった」

「えっ! じゃあ、じゃあじゃあ取り換えっこしたい!」

「なにが」

「名前! 私が檸檬って名前がいい!」

 そう簡単に交換できるのならとっくにそうしている。

 なんの皮肉か、私も理沙もお互いの名前を羨んでいた。普通じゃない私は普通を。普通の妹は普通ではないものを。

 ないものねだりの議論を下校中ずっと繰り返す。

 これも私たち姉妹のよくある光景のひとつだ。

 あと一年すれば卒業する。そうすればママレモンだなんて呼ばれなくて済む。

 妹ともこうして一緒に帰らなくて済むのだ。

 そうすれば私はまた去年と同じように友達と帰られるようになる。

 ――でも一年……長いなあ。

 魔法が使えたら、寝て起きたら一年経っているようにするのに。

 理沙が持っているプリキュアのおもちゃを今度、使ってみようか。

「だったらとっくに理沙が魔法少女になってるじゃん」

「え、理沙、魔法少女?」

 つぶやいた私の言葉に理沙が振り返り、目を輝かせた。

「違うし。魔法少女は私だもんね!」

 困っているのは、私自身が妹を嫌いなわけではないということだ。学校では一緒にいたくないだけで、理沙は私のかわいい妹。

「えー! 理沙が魔法少女だもん! プリキュア!」

「じゃあ家まで競争ね。早い方がプリキュア!」

 そう言って私は理沙の手を離し、駆け出した。

 慌てて理沙は追いかける。

「待って待ってずるいよお姉ちゃん!」

 ターッチ、と先に玄関のドアを叩いた。私の勝ちだった。

「お姉ちゃん、ずーるーいー! 理沙一年生だし」

 要は5年生の私に自分が敵うわけがないと言いたいのだ。始める前は散々手加減なしだと自分で言ったくせに。

 膨れ顔の理沙がおかしくて、思わず笑った。

「今日、パパ帰ってくるね」

 ふと隙を突くように理沙が口にした。私は黙ったままうなずく。

 父親は単身赴任でずっと家を留守にしていた。

 最初のころは週に一度は帰っていた。それが月に一度になり、今では半年に一度。

 それでも理沙と私は父の帰りが待ち遠しかった。

 それは母も同じだった。母も私たち同様、父の帰りを楽しみにしている。

「あと一年だから、頑張って待とうね」

 聞けば父の単身赴任は、あと一年で期間が終了するという。

 奇しくも私が中学生になるのと同じころだ。

めろん。30へつづく

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