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【連載】めろん。52






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・綾田広志 38歳 刑事⑬




 両間の意思、というよりは公安の上層部の意思決定だと思っていい。そうなると俺たちの想像に及びつかない強い力が動いているということになる。




 だったらどうする?




 手を引くのか。




 蛙子との待ち合わせへ向かうタクシーの中で俺はひとり葛藤した。乗りかけた船だ。最後まで見届けたいというのは心情でもあるし、刑事の性分といってもいい。




 だが時には引き際を弁えなければならない時だってある。




 大城ならなんというだろうか。




 ふと大城のことが頭をよぎった。奴は家族を持ち、昔の怖いものなしだった大城ではないのかもしれない。それでも俺は大城が弱くなった、とは思わなかった。




 仮初でも、ひとときの家族を持った身だ。失いたくないものができると逃げ足も速くなるが、強靭な強さをも手に入れる。




 きっと、今のあいつならば『逃げろ。退いちまえ』というに違いない。




 だが大城はいない。いないのだから、俺を焚きつける言葉も、決心させる言葉もかけてくれることはないのだ。




 そして大城は、あの山の施設にいる――




 もっとも、坂口のいうことを信用するならば……だが。




 どちらにせよ、大城がなにかに巻き込まれていることは確かなことだった。両間のことを俺に喋ってからすぐにいなくなったのだ。偶然とは到底考えられない。




 だがどうやってかかわればいいのだろうか。俺は高橋と共にめろんから外されてしまった。つまり、両間と接触する機会もほぼ断たれたと言っていい。




 いや、それこそが両間の意思だ。奴の思惑通りにことは運んでいる。




 このままだと俺はめろんから離れ、大城の居所を突き止めることさえできなくなってしまう。最悪、めろんから離れるのはいい。大城だけはどうにか――




「この辺りでよろしいですか」




 運転手の声にふと我に返った。そうだ、蛙子と会う予定だったのだ。




 タクシーを降りてマンションを見上げた。蛙子はここに住んでいるらしい。




「えらく羽振りのいいところに住んでいるじゃないか」




「顔見て開口一番言うことがそれ? やめてよほんと」




 蛙子は口を尖らせて部屋に招いた。奥へ進むと小学生くらいの女子児童がふたり、ソファに座っている。




「いつのまに生んだ」




「はいはい、もういいからそういうの」




 蛙子がそう言うとふたりの子供は俺に気付き、「こんばんは」と挨拶をした。




 軽くうなずき、ダイニングテーブルにつく蛙子の対面に座った。




「あんたそれでも一応人の親でしょ。そんな適当な挨拶していいわけ」




「時と場所によるだろう。どこの子供だ」




 蛙子はアルコール度数9%とでかでかプリントされている缶チューハイを呷り、深く息を吐いた。眉間にしわを寄せ、渋い顔を浮かべている。




「知らない」




「知らない? どういうことだ、俺がなんの仕事をしているかわかっているだろ」




「わかってるわよ。というか、あんたしか話せるのいないし」




 怪訝にしている俺に蛙子は語り始めた。ふたりの子供の姉のほうが檸檬、妹が理沙ということ。夜の公園で檸檬らと出会い、ただならぬ雰囲気から落ち着かせるため食事をさせたということ。メロンの写真を見て理沙が失禁したこと。




「理沙のほうは嘔吐物でびしゃびしゃになっていたから服を買ってあげたんだ。でも檸檬は汚れてなかったから、大丈夫かなって。でも靴下が……」




 そういって蛙子は檸檬が履いていたという靴下を見せた。足首より下が赤黒く染まり、固まっている。考えなくともそれが血痕であるとわかった。




「怪我をしているのか」




「ううん。慌てて脱がしてみたけど怪我はなかった。なんで靴下が血で汚れているのか訊いてみたんだけど、なかなか話してくれなくて……」




 蛙子はソファでテレビを観ているふたりに目配せをし、こちらを気にしていないのを確かめると声を潜める。




「これは絶対なにかあるって思って。だめだと思ったけど、ライターの性っていうか……つい気になっちゃって」




「聞いたんだな」




 蛙子はうなずき、じっとこちらを見つめた。より神妙な面持ちだった。




「聞いたから警察に言えなくなったの。危ないところだった、事情を知らなかったら今頃警察署にいたと思う」




「警察には言えなくて、刑事の俺にならいえるとはなんだ」




「めろん」




 眩暈がした。もしかして悪い夢を見ているのかと思い、固く瞼を閉じ、再び開ける。




 蛙子のまなざしが変わらずこちらに向けられていた。




「めろんの事件にかかわっているわ、あの子たち」




「だからって、家に連れて帰るとは……」




「あの子たちを警察に連れて行って、広志のもとに辿り着く確証がなかった」




「どうして」




「勘、かな。なんだか今連れて行っちゃいけない気がした」




 溜め息を吐く。




 悔しいがその勘は当たっているよ。その子たちを警察に保護されたら、その情報すら俺には入ってこなかっただろう。




 しかし、だからといってそれが正しかったことなのか。それについてははっきりと断言はできない。少なくとも娘と変わらない歳のこんな子供を利用するなんて。




「あんたが考えていることはわかっているよ。罪悪感に苛まれている……ってところでしょ。それにいくらめろんの当事者だとしても、あんたはあんたの職務を全うしなければならない、とか思ってる。そしてそれは正しい」




「そこまでわかっていてなぜだ」




「話を聞いて。今はそれ以上は望まない」










めろん。53へつづく

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