【連載】めろん。84
・〇〇〇 〇歳 ③
結果からいうと征四郎の話は本当だったと言わざるを得ない。
本腰を入れて調査すれば濁流のごとく色々なことがわかった。この時ほど私は自分の仕事が役に立ったことはない。
父からは【鬼子村】と教えられていたが、こちらでは【めろん】のほうが通じる。まったく信じがたいことだが、鬼子の子孫はあらゆるところで事件を起こしていた。
父の言った通り、人が人を喰うという狂いに狂った事件だった。だが不思議なことに、これらの事件は鬼子村の伝承のように子が親を喰う、または親が子を喰うというパラドクスに当てはまらないケースが多かった。
これでは父の話に齟齬が生まれる。
気になった私はさらに調べてみた。そもそもの話だが、鬼子村がなぜめろんになったのかもわからない。めろん……とはなんだ。
脳裏に浮かぶのは無論、果物、ウリ科のメロンだ。まさかあれと同じものだろうか。
記録では喰ったほうの人間はすべからくして、「メロンが聴こえる」などという。だが第三者からすればその当人のほうが「メロン」としか喋らなくなるらしい。そしてそれは、当人が人を喰うことで言語能力については回復することがわかった。
人を喰い、言語能力が戻った食人族は例外なく正気を失った。……正確にいえば、一見正常に見えるが、妙に明るく、会話がかみ合わない。
あきらかに会話をする気がなく、他人と干渉することを放棄している。明るい口調からは想像できない、手の施しようのない拒絶が彼らにはあった。
人を含むありとあらゆる食物を拒み、水さえ飲まなくなる。そうして衰弱して死に至る。
信じがたい話だ。だが人を喰ったものたちは必ずその末路を辿った。
喰うと死ぬ。喰われたほうも、喰ったほうも。感染したりせず、喰って喰われて、それで完結するのだ。めろん、という意味不明の言葉を残して。
「滅ぶだけの疾患……いや、発作だな。めろん、か……。滅論の間違いだろ」
それぞれのめろん事件を遡っていくと必ずある事実にぶち当たる。彼らの前を辿っていくと『子供が親を喰った事件』があった。
めろんのはじまりはやはり、子の親喰いに端を発していたのだ。
それからはどういうわけか、親子間の食人に限っていない。だが家族間であることはどのケースもそうだった。
まためろんの法則性も謎だ。本来、疾患した者が人間を食べた時点でそれ以上拡がることはない。いや、疾患したものが人間を食べなくても基本的に第三者に感染するようなものではないのだ。
それなのに、突如として自然血族ではなく法定血族へ飛び火し、そこでまためろん事件が起こる。
家族から親戚、親戚から親戚、めろん事件が各地が増えるたび犠牲者の種類もまた変容していく。親子間のみの食人だったはずが、親戚、血族、そして近親者となった。
現在までにめろんと思われる事件のいくつかは、血縁関係にない夫婦間、または恋人間、はては友人間まで拡がっている。
病原体ではないので感染はしない。これが正式な見解だった。
感染しているとは思えないほど遠縁の人物が疾患したりする。確かに病気だとは思えない。まして伝染病の定義からも外れている。
父が言っていた『呪いや祟りとしか思えない』という言葉が脳裏をよぎり、あながちそれは嘘でなく思えてきた。
そして、同時にそれは私たち兄弟に恐怖をもたらした。
『兄さん、いたよ』
征四郎からの報告は私を奈落の底に突き落とすに充分なものだった。
私たち家族の血族にめろんを疾患した者がいないか調査したところ、存在したのだ。
祈るような気持ちで我々には無関係の話だと思いたかったが、もろくもそれは打ち砕かれたこととなる。
つまり、自分たちもめろんに罹る可能性がある……という確証になったのだ。
鬼子村の末裔であるという事実でさえ受け入れがたいというのに、未知のナニカ(めろん)に罹るかもしれないと思うだけで正気を失いそうになった。
絶叫して暴れまわり、錯乱したまま列車に飛び込んでしまえばいっそ楽なのかもしれない。バカげている妄想だが、それ以上にバカげている事実におかしくなってしまいそうだ。
そして私はめろんから逃れる方法を無我夢中で探した。征四郎と情報交換をしながら、たったの一件でもいいから回復したという報告を追い求めた。
それに他の鬼子村出身者にも助けを仰ごうとも考えた。互いに協力し合うことができれば、もしかすると助かるかもしれない。
いや、父は寿命を全うしたのだし、必ず罹るとも限らない。心配しすぎなのかもしれなかった。
事実、確かに全国のあちこちでめろんの事件は起こっているが数は決して多くない。食人に失敗して拘束されているケースだってあった。
そうだ、落ち着いて考えよう。私らしくない、短絡思考は禁物だ。
その思い込みが染み込む前に、征四郎からその電話はあった。
『めろん?』
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