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【夜葬】 病の章 -49-

公開日: : 最終更新日:2017/11/07 ショート連載, 夜葬 病の章



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【夜葬】を勘違いしていたのは黒川鉄二だけではない。亡き黒川元もそうだった。

 

 

戦前までの鈍振村で地蔵に還した顔が“喋る”という事実は、黒川親子を除く村人みんなの周知だったのだ。

 

 

外からやってきた黒川元は、【夜葬】におけるどんぶりさんや赩飯の風習だけで気味悪く思っていて、地蔵に顔を還すところはほとんど参加しなかった。

 

 

そこまで参加していて、他の村人も顔が喋ることをわざわざ言わない。

 

 

そして運がいいのか、悪かったのか、元が時折参加した時の顔は喋らなかった。

 

 

「鈍振地蔵に顔を還してもみんな喋るわけじゃない。そうねぇ、5人に1人喋ったらいい方かしら」

 

 

「そ、そんなバカげたことを受け入れてこれたのかお前たちは!」

 

 

「だって戦争が始まるまで私たちは生まれてこの村からでたことがないんだよ? これが当たり前だって思うでしょ? けれど、村の外にでてそれがみんなの当たり前じゃないことを知った」

 

 

物思いに耽るようにゆゆは少しの間、うつむいていたがすぐに顔をあげた。

 

 

「私だけじゃないけど、一番驚いたのはね。『死んだ人が起き上がらない』ことなの。あれだけ沢山の人が死んだのに、誰も起き上がらない。なんでそれを誰ひとりとして不思議に思わないんだろうって」

 

 

だから戦後、村に帰った鉄二の“【夜葬】をやめる”という提案に誰も異を唱えなかったのだ。

 

 

「きっとあの時、私やお父さんも含めてみんなてっちゃんの言っている意味がようやくわかったんだと思う。【夜葬】はこの村だけの異常な儀式なんだって」

 

 

なんと答えればいいのかわからず、鉄二はただ押し黙った。

 

 

「だからね、私はてっちゃんはやっぱりすごい人なんだって思ったんだよ! 本当だよ!」

 

 

急に声の調子を高くし、興奮気味にゆゆは鉄二に抱きついた。

 

 

「わ、わかった……わかったよ! 信じるから!」

 

 

ふたりがそうしている間にも船坂の顔をはめ込まれた地蔵はぶつぶつと同じ言葉ばかりを繰り返している。

 

 

鉄二はそんな船坂地蔵を見てふと頭によぎることがあった。

 

 

――伊三はどうしたんだ……。

 

 

ゆゆと結婚してから伊三は死んだという。

 

 

これまで伊三の死因については言及してこなかった鉄二だが、改めてここで伊三がなぜ死んだのかが気になった。

 

 

――まさか……。

 

 

「ゆゆ、お前と結婚してすぐに死んだっていう伊三のことなんだが」

 

 

「ふふふ、分かってるわよ。てっちゃん。私が殺したんじゃないかって思ってるんでしょ。お父さんみたいに。けれど残念。伊三さんは違うわ。彼はね、自分で死んだの」

 

 

「自分で死んだ……だと?」

 

 

鉄二の思う最悪なケースは逃れたが、ゆゆの含みを持たせた言い方が気になった。

 

 

大人になった伊三がどのような経緯で自死に至ったかは想像できない。

 

 

だがのんびりと時が流れる平和なこの鈍振村で自ら死を選ぶということは異常だ。

 

 

長くこの村に住んだ鉄二でさえ村の自殺者など聞いた事がない。

 

 

「伊三さんはね、元々病気だったの」

 

 

「病気……なんの?」

 

 

「さあね。わからないわ。病院にも行ったんだけど、お医者先生も首を傾げていた。なにをしていても色んなところから血が滲む病気でね。目や鼻、耳、あれの先や校門からも」

 

 

病や医療のことなどてんで無知な鉄二には毛頭判断のつけようもなかったが、体中から血が滲む病気というのは東京にいた当時から聞いた事がない。

 

 

ただここ数年は減少の傾向にあるとはいえ、結核が国民の生活に深刻な影を落としていたことを鉄二は思いだした。

 

 

彼の周りでも幾人の知人がこれによって死んだ苦い思い出もある。

 

 

「結核じゃないのか」

 

 

しかしゆゆは明確に否定した。

 

 

伊三は自分の死を予期し、夫婦としての営みもなくお腹に子供を宿していたゆゆの結婚の申し入れを受け入れたのだという。

 

 

どうせ死ぬならば――という思いだったのだろう。

 

 

そして、伊三の予期した通り、結婚後まもなくして伊三は死んだ。

 

 

「お父さんは、伊三さんのことをすごくかわいがっていたわ。もちろん、病気のことは知っていたけれど、誰の子かわからない(敬介の父親のことは言っていない)子供を妊娠したわたしを妻として娶ってくれるんだから。伊三さんも日々弱っていきながらもお父さんと仲良くしていた。伊三さんを看取った時、お父さんもいたのよ」

 

 

懐かしそうに話すゆゆの声は淡々としていて、まるで知り合いからまた聞きした話を喋ているようにしか思えなかった。

 

 

伊三に対して、本当に愛情はなかったのだと思い知らされるような声音だ。

 

 

「伊三さんがね、最後に言った言葉があるの。それを聞いてからお父さん、おかしくなっちゃって」

 

 

「最後に言った言葉……?」

 

 

「うん。ほんっと、男の人って馬鹿よね」

 

 

くすくすと笑うゆゆの姿に、鉄二は血の気が引く。死んでから数年しか経っていない夫を思い、笑っているのだ。

 

 

ただ単に生前の思い出を思い返して笑っているのとは訳が違う。

 

 

それは嘲笑の類だった。

 

 

死んだ者をバカにしたような、そんな軽薄な笑い。

 

 

「伊三さんはね、『福の神さんが怒って、自分は殺された』と言ったの。ふふ、ふふふ」

 

 

「ど、どういうことだ」

 

 

「さあ……。でもお父さんはそれから急に『夜葬を蘇らせるべきだ』って言い始めてね。最初はそこまで熱を持って語ってなかったんだけど、敬介が地蔵還りになってからは憑りつかれたようになっちゃって」

 

 

伊三の残した言葉と、敬介の地蔵還り化――。

 

 

このふたつが重なれば、さすがの鉄二であっても【夜葬】になにかがあるのではと勘繰ったかもしれない。

 

 

伊三も船坂も亡き今、その真実を語る者は……いない。

 

 

 

 

 

-50-へつづく

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