【夜葬】 病の章 -48-
今は新しい人も沢山いるし変なところに埋めたらすぐにバレちゃうから。ゆゆは船坂の死体をひと目から離れた林の中で埋める理由について語った。
暗くなった林の中、ゆゆが懐中電灯で照らす光以外の光ははない。
鉄二はなにも喋らず、黙々と船坂の死体を埋めるための穴を掘った。
時折ゆゆが話しかけてきても、作業に没頭して聞こえないふりをした。
それでも通らない場合も簡単な返事だけで済ます。とにかく早く終わらせてしまいたかった。
やっぱり帰ってくるべきじゃなかった。
鉄二は呪いのように何度も繰り返し、心の中で唱え続ける。
東京には自分の居場所もなく、ただただ自堕落で無力感だけが巳を蝕んだ。だが、そこにはこんなにも得体の知れない恐怖や不安はなかった。
手段さえ選ばなければ充分に生きていけたのである。
ただ、鉄二は人と関わり合いたくない気持ちがあったから村に戻ってきた。
――それなら、東京じゃなくてもっと別の土地に移り住めばよかった!
今さら鉄二は後悔する。
ここには確かに、自分がいる場所はあったのかもしれない。
だがそれは鉄二が望んだ形のものではなかった。
それを嫌というほど今、痛感している。知っている人間の死体を埋める穴を掘っている自分に。
3メートルほどの、人が一人入るくらいの穴を掘るだけでかなりの重労働だった。
掘った穴に船坂の屍を落とし、埋める。
終わる頃、鉄二の体力は著しくすり減っていた。
「お腹減ったでしょう。てっちゃん」
それをずっと見ていたゆゆは鉄二に労いの言葉をかけると、竹の皮に包んだ握り飯を差しだした。
暗くてよく見えないせいもあり、素直に手を伸ばすことができなかった。
暗闇に紛れて見えないのは、握り飯だけではない。ゆゆの顔もだ。
鉄二には、『それが本当にゆゆで、これが本当に握り飯なのか』確信が持てなかった。
「これ、おっちゃんの……」
「そう。お父さんの【赩飯】で作ったおにぎりだよ。食べられない……なんて言わないでね。これを食べないと、【夜葬】じゃないんだから」
鉄二が懸念した通り、暗闇の握り飯は【赩飯】だった。
それがわかっていて食べなければならないなんて、苦行以外のなんでもない。
しかし、ゆゆの言う通りそれを食さなければ【夜葬】として成就できないのだ。
――食べてはじめて【赩飯】だとわかるよりマシか。
いつか川で食わせられた【ゆゆお手製赩飯】の時のように、偽物に紛れて本物があるような悪意のあるいたずらではない。
ちゃんとした儀式として『食べなければならないもの』として食べるのだ。
その点ではその時に比べてまだ覚悟のしようはある。
鉄二は強引にそれを救いだとした。
一口頬張ると、口の中いっぱいに血の味が広がった。知っている味だが、何度食っても慣れるものではない。
込み上げる吐き気を堪え、無理に喉に詰め込む。
ゆゆが持って来ていた水が唯一の救いだった。
ソフトボールほどの大きさの握り飯を三口ほどで平らげると、その辺に生えている草を口に含み念入りに咀嚼すると水で流し込んだ。
少しでも血の味を消すためだった。
「お父さんも喜ぶよ。てっちゃん」
――殺された人間が今さら喜ぶかよ。
心の中でつぶやきながら、鉄二は無言でうなずいた。
口の中に青虫を噛みつぶしたような臭いと錆びた鉄の味が混ざり合い、息をしているだけでも鉄二は気分が悪かった。
そして汗の引かぬ間に鉄二はゆゆに先導され、鈍振神社へ向かう。
長い階段の間、ゆゆは鼻歌を歌いながら上機嫌だった。
その起源のよさが逆に気味悪さを助長する。
この階段からゆゆを突き落してしまえば――などと頭をよぎったが、事態がさらに悪化することを怖れ鉄二はおとなしく後に付いていった。
「お父さん、待っててね。すぐに福の神さんにお顔をお返しするから」
手ぬぐいに包んだ船坂の顔に、にこやかに話かけているゆゆの姿は異様だ。
やっていることは狂気そのもの。なのに、顔だけになってしまった船坂に話しかけているゆゆは鉄二のよく知る、明るく、誰からも人気のあったゆゆそのもの。
どこかでゆゆがおかしくなってしまったのか。それともこの村がそもそもおかしいのか。
――或いは、俺という人間がすでにおかしいのか……。
鉄二は冷えた汗が首筋を伝っていくのを感じながら、ゆゆを見つめた。
やがてふたりは鈍振地蔵の前までやってくると、ゆゆは手ぬぐいから船坂の顔を手に取った。
「小さくなっちゃったね、お父さん」
その顔は恐ろしく慈愛に満ち、優しいものだった。
この瞬間、ゆゆは本当になにも疑わずに【夜葬】を行っている。
父を思い、父を弔うため。
だがこの行為に決定的な矛盾がある。それを鉄二は胸に棘が刺さっているように感じていた。
――殺したのはお前なんだぞ。ゆゆ。
実の娘が実の父親を殺した。
それなのになぜそんな顔をできるのか。
もはや鉄二には訳が分からなかった。
「村の人間……新しい連中に知られたくないんなら、おっちゃんの顔を地蔵様に還すのはマズいんじゃないのか」
「ここは新しい人を禁制にしているから大丈夫」
「禁制だと?」
「そうよ。新しい人達はみんな自由にしてもらっているけど、たったひとつだけ村に住むにあたっての条件をだしているの。それが【鈍振神社には入らないこと】」
「そんなの、守る奴がいるのかよ」
「守っているわよ。みんな、ちゃんと……ね」
鉄二は内心、信じられなかった。
それでなくとも村の連中は人を疑うことをしない。
そんなお人よしの団体が、これまで山の下で暮らしてきた人間を無条件に信用するなどバカバカしい。
だが無性に納得してしまう自分もいた。
考えれば考えるほど、この村に住む人間たちは良くも悪くも純粋なのだ。
だから【夜葬】などと馬鹿げた風習をなにも疑うことなく守ってきた。
――そうだ、たった今だって。
冷たい石の地蔵の顔にはめられた船坂の顔。なんとも奇妙で不釣り合い極まりない。
鉄二はその光景を前に、やはり【夜葬】を廃れさせたのは正解だったと改めて確信した。
「あば、敬介……殺、せ。せせ。や、夜葬ををを、もももももう、いち……ど」
「うわああ!」
突然のことに鉄二は腰が砕けた。
べたん、と尻餅をつきみっともない恰好で顔を強張らせる。
「……どうしたの? てっちゃん」
「お、おっちゃんの顔が! 顔が!」
「顔が? もしかして……お父さんが喋ったことにそんなに驚いてるの? 変なの」
「へ、変なのって、なんでお前……!」
ゆゆは懐中電灯を鉄二に向け、やはり闇に紛れてはっきりしない口元を歪ませた。
「何言ってるの……これが【夜葬】じゃない……」
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