■標識通りに行け
■標識通りに行け
車を運転していて、困ることは色々あるが、私の場合は『左折禁止』『右折禁止』のレーン標識だろうか。
この交差点を曲がればすぐに着く場所なのに、右左折禁止なためにわざわざ大回りすることも、ドライバーにはよくある話だ。
そうなれば当然ながら、標識を注意して見ることになる。しかし、急いでいるときほどこの標識というのは煩わしいものだ。
交通量の多い道路などでは当然必要だろうし、それがなければ機能しない面も多くあるのはわかる。
だが、夜。
人通りもないこんな道ならば問題はないのではないかと思う。
■午前2時
日付もまたがり、すっかり昼間の喧騒も去った午前2時。
こんな時間まで仕事をしている私にも笑えるが、車通勤である私の目に飛び込んできたもの相当笑えた。
『この先工事中につき直進できません、2キロ先左折』
「おいおい、冗談だろ……なんで、早く帰りたいって時に」
しかし、考えてみれば道路の工事なんてこんな時間にしかやらない。ある意味別に不思議ではないのだ。
だが、こんなにも深夜になってしまった私には、このような工事であってもわざわざ遠回りするのが、妙に腹が立った。
左折禁止の矢印のある青く丸い道路標識。
「誰も見てないよな」
周囲を気にしながら、私は誰もいないのを確認すると左折禁止の角を曲がった。
いつもはそんなことはしないが、いつも思っていた。
この角を曲がることが出来ればどれだけ短縮になるか。
だからつい『早く帰りたい』と急ぐ気持ちと、『ここさえ曲がることができれば』という欲に負けてしまったのだった。
■赤い標識
左に曲がり、進んでいるとやがて見慣れた街並みが見えてくる……はずだった。
確かに、あの交差点は左折禁止だからこちらから侵入はしたことはない。
だが、逆ならばよくあるのだ。
つまり、侵入ではなく左折禁止の角から直進……というルートである。
しかし、どうだろう。知っているはずの道が一向に見えてこない。
おかしさを感じながら、なにかの間違いだと言い聞かせさらに進んでゆく。
「あれ!? おかしいな」
しばらく車を走らせていると、どういうわけかまた先ほどの左折禁止の道路に向かう道を走っていた。
「気づかない内の迷っていたのかな。折角近道をしたのに無駄になっちまった」
ショートカットのつもりであの角を曲がったのに、同じ道に戻ってきたというのならなおさら意味がない。
あの左折禁止の交差点までついたらもう一度曲がって、今度こそは家へ帰ろう。
そんなことを考えている最中に、またあの交差点へと戻ってきた。
ウィンカーを出し、曲がろうとハンドルを切る。
すると、一瞬私の視界に入ったのは、見慣れた丸い標識。
青くて丸い矢印の標識。のはずが、《赤くて丸い》標識に変わっていたのだ。
■どこに続くのか
「今、標識の色赤くなかったか」
呟くと、すぐにあれは気のせいであると自分で自分に言い聞かせた。
夜の色と同化して、一瞬見えたものの色が変わって見えたのだろう。
そんな風に思いながら、やけに見間違えなはずの赤い標識が頭から消えない。
それが、また私の判断を鈍らせた。
――また違う道を走っていたのだ。
しかも、私の知らない道だ。
「なんだ? 一体何なんだこれは」
流石に今回ばかりは気のせいだとか、そういうものではない。それに気付いた私はカーナビで現在地を確認した。
ところがカーナビの表示はというと、知っているはずの道をナビゲートしている。
住所も地名もすべて、私が知っているものだったし、本来あの交差点を左折した先にあるべき場所だ。
「冗談じゃない、冗談じゃないぞ」
顔色が悪くなっていくのが、鏡を見ずとも分かる。
口の中は水分がなくなり、ねちゃねちゃと舌が音を立てて気持ち悪い。
なにか飲みたいと思ったが、この道にはコンビニどころか自販機さえもなかった。
すなわち、全く知らない道。ここがどこなのかすらわからない。
■再び現れる赤い標識
ただただ真っ直ぐな道。角もなければ、周囲に建物もない。未知の周りに何があるのかと目を凝らしてみるけれど、なにも風景らしきものも見えなかった。
「なんなんだよ……、家に帰らせてくれよ……」
不安と恐怖でみっともなく泣きべそを描きながら、さらに進んでいくと、なんの変哲もない真っ直ぐな道に突然、丸い標識が現れた。
赤い標識には直進、とだけ表示されている。
道が真っ直ぐなのだから、わざわざあんな標識なんて必要じゃないはずだ。
なのに関わらず何故あんな標識が……。
だがしばらく走っている、また赤く丸い標識が現れ、同じように直進の矢印しか表示されていない。
訳が分からなさ過ぎて怖い。
一体私はなにに巻き込まれているのだろう。
赤い標識はそれからも定期的に現れ、だんだんと現れる間隔が短くなっていった。
恐ろしいので、出来るだけ見ないように努めていたが、ほんの少しの違和感に気付き私は、次に現れた赤い標識を注視する。
「ん……、なにも書いていない……ぞ」
そう。現れる標識には白い矢印が消え、ただの赤い丸であった。
スピードを緩め、次から次えと現れる赤い丸。
何個目かのそれを見て、私はその正体が分かってしまった。
「わああああああ!」
――それは、赤い標識ではなく。赤い【眼】だったのだ。
どういうことなのか、私自身にもわからなかったが、とにかく私を見下ろしていたのは、真っ赤で巨大な何者かの瞳であった。
「た、助けて! もう標識無視したりしないから!」
泣きべそではなく、泣き叫んだ私の目の前にあったはずの道路は無く、どういうわけか自宅の駐車場。
「え、ここは……」
夢だったのだろうか。恐怖と混乱で、朦朧としながら私はカーナビの画面を見やる。
「ひぃいいいい!!」
カーナビの画面一杯に、赤い目。
それ以来私は標識を無視しなくなった……、というよりも、車を乗ること自体を辞めた。
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