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【夜葬】 病の章 -4-

公開日: : 最終更新日:2016/11/01 ショート連載, 夜葬 病の章

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-3-はこちら

 

口の中にいっぱいになる血の味に、堪えきれず元は咳き込みながら赩飯を吐き出してしまった。

 

 

「おいお前なにしとんじゃあ!」

 

 

ものすごい剣幕で、みつえという名の握り飯を作った女が怒鳴る。

 

 

人をも殺しかねない迫力に、男の元も踵を引く。

 

 

「す、すまねぇ! つい咳き込んじまって……気のせいかもしんねぇが、血の味がしたような気がしてつい……」

 

 

「血の味ぃ? それがなんだい! この村じゃ、赩飯ほど神聖でありがたいもんはないんだ! それを吐き出すなんて、なんてバカモンなんじゃ! 次ぃ吐き出してみな、お前の顔も地蔵さんに返してやるから」

 

 

至近距離に詰め寄られると、さながらみつえは熊のような迫力を持っていた。笑っているとあんなにも人懐っこく見えるが、怒ると手が付けられないほどに恐ろしい。

 

 

街では、喧嘩を見ることもしたこともあったが、ここまでの形相で怒る人間を元はみたことがなかった。

 

 

故に彼は「すまんかった! もう吐き出したりせんから!」そういって、無理やり口の中に赩飯を詰め込むほかなかったのだ。

 

 

「まあまあ、余所もんじゃし、夜葬のことも知らんお人らじゃ。わしらにとって貴重なもんもわからんじゃろう。確かに黒川さんのしたことは罰当たりなもんじゃが、ここはひとつ、許してやってくれや。のうみつえ」

 

 

「……船頭さんがそう言うなら、仕方ないねぇ」

 

 

みつえは無我夢中でがっつく鉄二の頭を撫で、涙目で握り飯を飲み込んでいる元をじろりと睨みつけると、屋敷の中へと帰っていった。

 

 

「悪かったのぅ。驚いたじゃろう? そうかそうか……それもそうじゃの。わしらはこの村で生まれ、この村から出ることなく死ぬ。先祖も先代もみんなそうじゃった。じゃからこの【赩飯】が街の人間の口に合うものでないかもしれないとは思いもしなんだ。しかし、みつえの言う通り、この村ではその赩飯は神聖で貴重なものでのう。数も限られてる上に誰でも喰える代物じゃあない。美味くないかもしれんが、一度口に付けたのなら最後まで飲み込んでもらわんと、わしの顔がたたん。すまんが、それは黒川さんが責任もって最後まで食ってくれや」

 

 

元は込み上げる胃液と逆らうように、喉に詰め込む赩飯と戦いながら涙を流してうなずいた。

 

 

自分たちが村人に受け入れられず追い出されたとすれば、土地勘も知識もない山で暗黒の夜を迎えるのは非常に危険だからだ。

 

 

まして幼い鉄二を連れてなど、狼や熊などの野獣に襲われたりしたらひとたまりもない。

 

 

それに比べれば、気味の悪い握り飯を食うことなど造作もないことだ。

 

 

元は、心の中で自分にそう言い聞かせながら、最後の一口を飲み込んだ。

 

 

「……ごちそうさまでした」

 

 

「ごちそうさまでした!」

 

 

父に続くよう、鉄二も食事の挨拶を言い終えると、これまでの疲れが吹き飛んだかのように満面の笑みを元に向ける。

 

 

口元にこびりついた赤い跡。

 

 

船頭にこれがなんなのか聞こうと思ったが、確実に血であることだけは間違いない。今更それがなにかを訊いたところで、どんな動物から、どんな方法でその血を手に入れたのか。

 

 

そして、それをどのように調理に用いて、握り飯に至ったのか。最後にはその理由を聞かされる。

 

 

それがどんなものであっても、元にとっては『血である事実』はなんら変わりがないから、聞くだけ時間の無駄に思えた。

 

 

だから彼は「ごちそうさまでした」という言葉以外、なにも追及しなかったのだ。

 

 

それよりも今は、この村に受け入れられることのほうが先決だったし、重要なことであった。

 

 

「あの……いきなり訪ねて来ておいて、なにぶん不躾かと思われるかもしれませんが。今夜どこか泊めてもらえるところはありませんかね? なに、ボロが一枚と大人と子供が横になれる場所さえあればいいんですわ」

 

 

「なにを言うておるんじゃ。三舟の娘の旦那と子供とあれば、この村の者も同然。吉蔵やみつえもさっきはあんなじゃったが、普段は気のいい連中じゃ。たまたま、今日が後夜葬の日じゃったからの、そこは運が悪かっただけじゃわい。こんな辺鄙な村じゃが、最近は小夏のように外へ出てゆく人間も少なくない。幸い、家は余っとるっちゅうわけじゃ。

 

 

しかし、まあ今夜はこの屋敷に止まるといい。家が余っとるっちゅうても片づけがいるからの、これから暗くなるのに難儀になる」

 

 

船頭の提案は元にとって願ってもないものだった。

 

 

村に受け入れられるかも不安だったが、目下今夜の寝床も不安の要だったからだ。

 

 

元は船頭に「ありがとうございます」と感謝の言葉を告げると、促されるままに屋敷の中へと入っていった。

 

 

「あの……後夜葬(あとやそう)とは一体なんのことです?」

 

 

ギッギッ、と歩くたびに軋む床を踏みながら、薄暗い廊下を歩く。歳のせいかゆっくりと歩く船頭の背中に元は訊ねた。

 

 

「ああ、後夜葬はなぁ。あんたらで言うところの【葬式】のようなもんじゃ。そっちじゃ【通夜】と呼ぶそれに近いのが【夜葬】で……。あんたらのところじゃ、死者と弔う儀式は葬式が本番じゃろう? この村じゃ逆。通夜にあたる【夜葬】が本番じゃてな」

 

 

「通夜が本番……ですか。なるほど、地域や村で色々あるもんですな」

 

 

-5-へつづく

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