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お見舞い その2 / ホラー小説

公開日: : 最終更新日:2015/02/15 ショート連載

お見舞い

■息子を襲った事故

 

 

 

赤く点灯した【手術中】が消えたのは、それから6時間後だった。

 

 

点灯したそれが消えるまでの6時間、私と妻の玲子は言葉を交わすこともなくただただ待っていた。

 

 

卓也は私達夫婦の間に生まれた、たった一人の息子だ。

 

 

もしも卓也に万が一のことがあったら……

 

 

考えるだけでも恐ろしくなる。

 

 

手術中の灯が消えたことに気付いたのは私のほうだった。

 

 

消えた瞬間、この口から「あっ……」という声が漏れそれにつられて玲子も気付いた。

 

 

思わず立ち上がりドアの前に近づく私達を焦らすように、ドアはすぐには開かなかった。

 

 

それでも「峠は越えました。もう安心ですよ」というドラマや漫画などでよく聞くその台詞を聞きたいが為に、そのドアから光が解放されるのを心待ちにしたのだ。

 

 

ボム、というゴムが空気を逃がすような静かな音で両開きのドアが開いた。

 

 

「先生……息子は、卓也は大丈夫ですよね!?」

 

 

うわずった声で私が医師に尋ねると玲子は今にも医師に縋りつきそうなほどに距離を縮め、期待の言葉が発せられることを信じていた。

 

 

「……ご説明いたしますので別の部屋に移動しましょう」

 

 

安否について正とも非とも言及せず、医師は私達を別室へと移動させた。

 

 

少し遅れて医師が手術服の上に白衣を羽織った状況で現れ、私達の前に座ると私の顔と玲子の顔を交互にみやって

 

 

「最善は尽くしました。その結果、命を取りとめることは出来ました」

 

 

わあっ! と玲子が声を上げてその言葉に歓喜の悲鳴を上げた。

 

 

だが私は医師の言う「命を取りとめること“は”出来ました」という“は”という接続詞が引っかかり手放しに喜ぶのを待つ。

 

 

「後遺症……ですか?」

 

 

私が思う死という最悪なケースに次ぐ、悪い可能性の一つを口にする。

 

 

医師は目を閉じてゆっくりと一回、首を横に振り

 

 

「いえ……命は取りとめましたが、今後息子さんが意識を取り戻すことは難しいと思われます」

 

 

医師の言った言葉異国の言葉のように聞こえ一瞬、その内容が意味を持たない言葉として私は頭の中で反芻した。

 

 

「卓也は、目を覚まさないということですか!!」

 

 

玲子の悲しみと怒りが混在した叫びにその意味を持たない言葉が急に理解の壷にハマり、その重大さが鈍い色の重みとなって両肩に圧し掛かる。

 

 

「そのようにお考えになっていいと思います……」

 

 

「そんな! 卓也は! 卓也はせっかく助かったのに! ……もう起きないって言うんですか!!」

 

 

涙と鼻水で詰まらせた声で玲子は正気を失い、医師につかみかかろうとするが私がそれを制止する。

 

 

玲子を抑えなければならない、という意識で辛うじて私自身の正気を保っているため、もしも玲子が冷静でいれたとしたら、錯乱していたのは恐らく私のほうだっただろう。

 

 

 

■息子が巻き込まれた事故

 

 

 

後日、警察からどんな事故だったのか詳細を聞かされた。

 

 

原因は自転車に乗った卓也が急に道路に飛び出したことにあったらしい。

 

 

信号が赤であったのにも関わらず、信号を無視して飛び出した……つまり卓也に非があった。

 

 

これはその場に居合わせた数人の目撃証言によって実証されており、間違いはないということだった。

 

 

……卓也が乗っていた自転車とは、私がプレゼントしたものだ。

 

 

ずっと欲しがっていた自転車だったので、遊びに行くときはいつもその自転車を乗り回していた。そんな矢先の事故であった。

 

 

シューシューという規則的な音と何本ものチューブに繋がれ、まるで機械と一体化したような卓也を見て、この先意識を取り戻すかもしれないという希望と、一生このままではという絶望が私と玲子の心へ交互に襲ってくる。

 

 

卓也を撥ねた運転手の過失も当然問われた。

 

 

ただ、その運転手は卓也を撥ねる前にブレーキが間に合い一端止まっている。

 

 

だが止まった直後に後続の車に追突されその衝撃で卓也を轢いてしまったのだ。

 

 

頭の中ではその運転手に非が無いことは分かっている。

 

 

恨んではいけないことも当然理解していた。

 

 

だが、それは感情とはリンクせず誰かを憎まなければやりきれなかったのだ。

 

 

玲子もただただ眠り続ける卓也を見詰めているばかりで言葉も発しない。

 

 

私達家族は、一体どうなってしまうのだろうか……。

 

 

 

■病室を訪れた加害者

 

 

 

事故からひと月が経った日曜日。

 

 

あの日から変わらず眠り続ける卓也の部屋に来客があった。

 

 

私と同じくらいの年齢で、短髪の髪にはぽつりぽつりと白髪が目立つ男だ。

 

 

最初は卓也の通う学校の教師かと思ったが、卓也の担任は何回か見舞いに来たので顔は覚えている。

 

 

それが私の表情に出ていたのだろう。

 

 

男は小さな声で自らを名乗った。

 

 

「私は、滝口と申します。この度は、……そのご子息に取り返しのつかないことを……」

 

 

そこまで彼が言ったところで彼が何者であるかを察した。

 

 

「お前が……卓也を……っ!!」

 

 

思わず掴みかかりそうになるのをこらえ、私は「なにしにきた!」と怒声を浴びせた。

 

 

「すみません! どうしても謝りたくて……本来なら今は来るべきでないと思うのですが、しかし私も人の親です……。ですので、私のしてしまったことの償いがなにか出来ないかと……」

 

 

滝口という男は両手に木の箱を持っていた。

 

 

これと似た物を私は知っている。メロンやマンゴーなどの高級ブランドを入れる箱だ。

 

 

滝口は物を食べることも出来ない息子にこんなデリカシーのない土産を持ってきたのかと、私の怒りに更に触れた。

 

 

「謝りたい? 謝りたいのにフルーツを持ってきたのか!? 見て見ろ! 俺の息子は意識不明でいつ目が覚めるかもわからん!

 

そんな状態の息子によくこんな物を持って来れたな!」

 

 

私は怒りに任せて滝口の持った木箱を叩き落とし、中から白い袋に包まれた丸い物が転がった。

 

 

「…………すみません」

 

 

滝口は俯いて小さくそう言った。

 

 

滝口という男は見るからに物腰が柔らかく、話す声も穏やかだ。

 

 

こういった状況でなかったら、誰であっても好感を持つタイプの男なのだろう。

 

 

私も怒りに震えながらも彼が本当に反省しているのは伝わった。

 

 

だが、理屈ではないのだ。子に対する親の気持ちというのは。

 

 

「帰れ……。帰ってくれ!」

 

 

声を荒らげて私が叫ぶと、後ろで玲子のすすり泣く声が聞こえた。

 

 

「すみません……すみません……。ですが、これだけは聞いて欲しいのです」

 

 

滝口は落ちた木箱を拾い、転がった中身を再び木箱に直しながら泣きながら言った。

 

 

「私にも息子がおりまして、丁度ご子息と同じ年齢なんです。

 

 

もしも息子が同じ目に遭ったら……そう考えると自分がしてしまったことに気が狂いそうになりました。

 

 

きっとどんな償いも受け入れてもらえはしないだろうし、どんな言葉も軽すぎて言えない……。

 

 

どうすればいいのかと私は足りない頭で一生懸命考えました」

 

 

嗚咽を漏らして話す滝口を見て、つい私は最後まで聞いてやろうという気になってしまった。

 

 

「考えて考えて考えて……それはもう死ぬほど考えました。

 

 

死のうかと思いましたが、こんな私の死ではきっと貴方達家族の悲しみを癒す一ミリほどのものにもなりえない……。

 

 

ですから、せめて私も同じ悲しみを背負おうと決心したのです……」

 

 

「同じ悲しみ……だと?」

 

 

なにか軽率なことを言いそうな雰囲気を感じ、私はその先を聞くのが急に嫌になった。

 

 

同情で話しを聞いてやったこと自体後悔し始めた私に、滝口は拾いあげた小箱を私に差し出した。

 

 

「これでなにかが解決するとは思っていませんが……私なりの誠意と償いの証です。

 

 

……どうか、どうか見てやってください」

 

 

滝口の話から、彼が持っているのは果物ではないと感じ彼のもつ木箱の蓋をあけ、中に入っている白い袋に包装された丸い物体を取り出した。

 

 

滝口はさらに嗚咽を激しくさせて泣き、空になった木箱を抱いていた。

 

 

 

■箱の中身

 

 

 

白い包装を解き中身を出した時、私はその場に尻もちをついてしまった。

 

 

「あ……あわ……わ……あ」

 

 

そしてぶるぶると震える手が私の上半身を揺らし、全身の毛穴が開ききる感覚に襲われ情けなく「あわあわ」としか発音できない。

 

 

私の反応にすすり泣いていた玲子が驚き、私に寄り添い

 

 

「どうしたの?!」

 

 

と尋ねるが何も答えずにただ目を見開く私をおかしく思い、目線を【果物】に向けた。

 

 

「きゃあああああああああ!!」

 

 

病院中に響き渡るかと思うほどの凄まじい悲鳴で、何事かと看護師が部屋に駆けつけてきた。

 

 

「どうされました!?」

 

 

腰を抜かす玲子と私を見て看護師がその目線を追う。

 

 

物を置くスペースに置かれたその【果物】に看護師たちも固まった。

 

 

「……私の息子です」

 

 

滝口はあうあうあーとみっともない嗚咽を塗って、なんとかその一言を言った。

 

 

 



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