*

【連載】めろん。109

公開日: : 最終更新日:2021/10/06 めろん。, ショート連載, 著作 , , ,

めろん。108はこちら

・星野檸檬 11歳 小学生④

 蛙子と綾田を待ってしばらくしたころ、周りが慌ただしくなるのを感じた。

 いつも笑顔を浮かべている両間でさえ一瞬顔を強張らせ、電話で誰かと真剣な様子で話すと部屋から出ていってしまった。

 どうしていいかわからずただ椅子に座り込んでいると、十分ほどして戻ってきた両間に手を引かれ理沙がいる部屋へと連れてこられた。

「いいかい檸檬ちゃん、理沙ちゃんと一緒にここで待っているんだよ」

 両間の笑顔は引き攣っていた……ように見える。なにが起きているのか気になったが、きっと私が考えているより大変なことがあったのだと思い聞かないことにした。

「もしもなにかあったときのために」と鍵を渡される。両間曰く、この部屋は外からも内からも鍵がなければ開けられない仕組みになっているという。たぶん、理沙のようになった人を外に出さないための仕掛けだろう。

 同時に両間の言う「なにかあったとき」というのが、「理沙に襲われたりしたら」ということであると頭の中で置き換わる。私はそれを想像して泣きそうになった。

 両間はオートロックになっているから閉まれば鍵なしで扉を開けることはできないと言った。早口で説明を済ませるといそいそと両間は消えた。

 そして外の喧騒から隔離された部屋で、私たちはふたりきりになった。

 理沙は縛られたりはしておらず、ただベッドに横たわっている。あれからずっと眠っていて心配になったが、口元に耳を近づけてみると寝息が聞こえて安心した。

 生きている。それだけで心強かった。

「することないな……」

 そうつぶやいたころにはもう数時間が経っていた……ように思う。ここには時計もなく、暇をつぶすものもない。体感的に数時間と思っているが実際はどうなのだろう。

 自然とあくびが込み上げてくる。外の慌ただしさがどうなっているのか、この部屋の中にいてはわからない。だからと言って、扉を開けて外の様子を窺う気にはなれなかった。開けた途端になにか怖いものがわっと入ってきたらと想像して厭だった。

 怖い想像を振り払いたくて後ろを振り返った。

 理沙がすやすやと眠っている。それを見て私は安堵した。

 わかっている。もしも理沙が今起きたとすれば、私が想像しているよりも恐ろしいことが起こる。そして私も……

 だけど不思議と理沙が怖いと思わなかった。それはそうだ。理沙は私の妹だし、これまで何に於いても負けたことがない。起きて襲い掛かってきても勝てる気がしていた。

 でもママみたいになったら。

 脳裏によみがえる血の海、皿に載ったパパの頭。うれしそうなママの顔と青いパパの頭。それを食べさせようとする姿に足元から震えが上がってきた。

 全身の毛穴が開き、そこから血が噴き出しそうだ。そんなあり得ない状態を思い浮かべてしまうくらい、あの時の光景はおそろしかった。

 理沙があんなに恐ろしい顔をしたら。皿に載った青い私の顔。手や足、最近ちょっと膨らんできた乳房に歯を立て嚙みちぎる理沙の姿。

 厭だ。

 震えはさらに烈しさを増し、立っていられなくなった。

「理沙……」

 だけど不思議と理沙の寝顔を見ると震えは引いた。理沙が怖ろしいものになった光景を想像してへたり込んだはずなのに、理沙を見て落ち着くなんて矛盾している。

 でも今となってはたったひとりの家族。私の妹だ。

 理沙がどんなことになっても恨めるわけがない。怖いのも痛いのも厭だけど、理沙が同じ目に遭うのはもっと厭だ。

 理沙の寝顔に近づき、寝息を聴きながら、できればこのまま起きないでいてほしいと願った。そのほうがきっと、理沙にとっても幸せなのだ。

 起きたらもう、理沙は私の知っている理沙じゃなくなっているかもしれない。いや、きっとそうだ。蛙子ちゃんが言っていたように、『めろん』しか言わなくなって私のことも食べ物にしか思えなくなるんだ。

 だから……眠っていてほしい。眠っている理沙は、私の妹の理沙だ。本当は喋ってほしいし、いつもみたいにうざいくらい引っ付いてほしい。

 でもそんな未来が、日常が戻ってこないならこのまま――

「輝く星に心の夢を~♪」

 気づけば私は子守歌を歌っていた。『星に願いを』という歌だ。

 我が家では昔から子守歌といえばこの歌だった。ママがディズニーが好きだから、この歌を子守歌にしていたのだ。

 もう歌ってくれるママはいないけど、代わりに私が歌ってあげる。だから安心して寝てていいんだよ、理沙。

「祈ればいつか叶うでしょう♪」

 緊張が解けていく。自分で歌いながら気分がよかった。幸せだったあの頃が戻ってきたような気がする。私は目を閉じて歌を続けた。

「きらきら星は不思議な力~」

 理沙のベッドの足にもたれかかりながら『星に願いを』を歌い、歌い終えても2回目、3回目と繰り返し歌った。

 このまま眠くなって私も眠ってしまおうと思った。きっと、起きたころにはなにもかも終わっている。そう信じて理沙と一緒に眠りたい。

 その時、ベッドに振動を感じた。ハッと我に返り、ベッドの上の理沙に目をやる。

「理沙!」

 理沙は起き上がっていた。

めろん。110へつづく

スポンサードリンク



関連記事

【夜葬】 病の章 -40-

-39-はこちら     なにかがおかしい――。

記事を読む

【連載】めろん。34

めろん。33はこちら ・綾田広志 38歳 刑事⑨  嬉々として持論を述

記事を読む

ホラー小説 / お見舞い その1

■悪夢は突然に       「卓也! 卓也! お父さんだぞ! ほら、しっかりしろ!」

記事を読む

【夜葬】 病の章 -64-

-63-はこちら       &nbs

記事を読む

【連載】めろん。16

めろん。15はこちら ・綾田広志 38歳 刑事⑥ 「綾田さん」  善治の

記事を読む

【連載】めろん。64

めろん。63はこちら ・綾田広志 38歳 刑事㉑  女の話はこ

記事を読む

【夜葬】 病の章 -84-

-83-はこちら     平べったい辞典のような、テー

記事を読む

【連載】めろん。89

めろん。88はこちら ・綾田広志 38歳 刑事㉝  滅論。  以

記事を読む

【無料お試し】おうちゴハン3 / 新作ホラー小説

「ですからね、奥さん。この写真、買ってくれませんかね? ひぇっひぇ」  

記事を読む

【夜葬】 病の章 -32-

-31-はこちら     太平洋戦争終結から三年の月日

記事を読む

スポンサードリンク



Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

スポンサードリンク



【連載】めろん。1

■めろんたべますか ・綾田広志 38歳 刑事①

【夜葬】 病の章 -1-

一九五四年。 この年の出来事といえば、枚挙に暇がない。二重橋で一

3on3 即興小説バトル Kチーム作品

Qチーム作品はこちら 悲しみのタコやき&nbs

3on3 即興小説バトル Qチーム作品

Kチーム作品はこちら 悲しみのタコやき 

怪紀行青森・死の彷徨 八甲田山雪中行軍遭難資料館

怪紀行青森ガンダムカット ■『八甲田山』 どうも

怪紀行青森・文豪はバリバリのお坊ちゃん太宰治の生家 斜陽館 海沿いの道に突如現れるモビルスーツ! ガンダムカットスズキ理容

■恥の多い人生を送っています(現在進行形) ど

怪紀行青森・巨大な藁人形がお出迎え 御瀧大龍神神社 ごった煮石像パーク 西の高野山弘法寺

ブルース溢れる第三新興街と弘前GOODOLDHOTELはこち

→もっと見る

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

PAGE TOP ↑