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【無料お試し】おうちゴハン3 / 新作ホラー小説

公開日: : 最終更新日:2015/02/15 お試し, ショート連載, ホラーについて

おうちゴハン

「ですからね、奥さん。この写真、買ってくれませんかね? ひぇっひぇ」

 

 

下品な笑いは今日も調子がいいらしい。下唇を歪ませながら、煙草の煙をくゆらせコーヒーをわざわざ音を立てて啜っている。彼が『奥さん』と呼んだ女性が指の油で汚れたメガネのレンズに映っていた。

 

 

「……」

 

 

黙って写真を見詰めるレンズ越しの女性。言わずとも知れていると思うが、田中美紀である。

 

 

美紀の次の挙動を蛭が纏わりつくような目で舐めまわし待つ。間違いなく川口はこの状況……いや、美紀に対してしていることを楽しんでいるのだ。

 

 

美紀はというと、ただコーヒーソーサーの脇に散らかされた数枚の写真を見て、時々川口と写真を交互に目配せするのみ。それは川口が期待しているような反応であるとは言い難かった。

 

 

「奥さん、分かってる? これ、なんの写真か分かってるかね? 不倫の証拠写真だよ、不倫の。ほら、ねえ!」

 

 

川口は黒ずんだ関節のシワが目立つ、ゴツゴツとした指でテーブルの写真に写る男の写真と、その男の家に入る美紀の写真をわざとトントンと音を立てて指をさした。

 

 

「いやね? うちらとしてもさぁ、穏便に完了させたいのですよ。もちろん私は旦那さんのように貴女を疑っていたわけじゃありませんよ?

 

 

けどね、こうしっかりと撮られちゃ言い訳できんでしょうよ~。このままだと私ゃ旦那さんにこの写真を見せて報告しないといけない。

 

 

私は善意の探偵という奴でして……いくら依頼だからとはいえ、幸せな家庭をわざわざ壊すようなことはしたくない訳なんですよ。わかりますよね? 奥さん」

 

 

ひぇっひぇっ。心にもないことを言っていると、笑い声でバラしつつ川口は強引に美紀の手を握った。

 

 

「奥さん? よぉ~く考えてみて欲しいんだ。私もね、仕事だもんで飯を食う金を稼がなきゃならんのですよ。なぁに、ここでお金をくれれば旦那さんから報酬をもらうのをやめたっていいと思っているんだ。

 

 

だって、どっちからもらっても一緒だからね?

不幸な人間さえいなくなってくれたらなにも言うことはないんだ。ひぇっひぇっ」

 

 

「……」

 

 

美紀は一言も喋らないが、手を握られて欲に塗れた戯言を聞き終えたところでようやく顔を上げた。

 

 

「分かりました」

 

 

「そうですかい。そりゃあ良かった! いやぁ奥さんよく決断したよ」

 

 

急にいつもよりも一つ高い声ではしゃぎ、川口は握った手の甲を片方の手でパンパンと叩いた。

 

 

「彼の家にお金があるのでついて来てくれますか」

 

 

掠れた声で美紀が川口に言うと川口はニヤニヤと美紀の顔を覗き込んで、「お熱いですなぁ~。そんなところに隠されちゃ、へそくりなんて絶対見つかりっこありませんな」とからかっているつもりか、本気なのかわからない弁を巻いた。

 

 

川口と美紀が出てきた店は、例の男の家の近くにある小さな喫茶店であった。川口はいつものように美紀を尾行し、男の家に入ろうとしたところを呼び止めたのだ。

 

 

そして、予め用意しておいた数枚の写真をちらつかせ、口止め料を貰おうという寸法らしい。川口の外見通り、小汚い手口であると言える。川口はこれまでもこういった手段で依頼人とターゲットの両方から金銭をせしめ取っていたのだろう。

 

 

そう考えれば、破格的に安い報酬にも納得できるというものだ。やはり豊が薄々感じていた通り、この男に依頼したこと自体が失敗だったのだ。

 

 

美紀の後ろを着いて行きながら、川口は金の使い道のことばかりを考えていた。美紀に提示した口止め料は豊に請求している金額のほぼ倍。

 

 

川口の報酬提示金額は相場の半額以下だから、これに豊の報酬を足せば結局、余所の探偵よりも稼いでいることになる。大した働きもせずに金だけは取ってゆく。リピーターを獲得して息の長い商売をする世間とは逆行する、短絡的な手法である。川口はそれを知っていてやっているのか、それとも本能的にしているのか。

 

 

我々がそれを窺い知ることなど皆目あり得ないが、川口はこれまでもこれからも、こういった蜥蜴(とかげ)のような人生を送るに違いない。

 

 

「それにしても奥さんの彼氏は……貧乏なんだねぇ。こんなボロボロのアパートになんか住んじゃってさ。なんていうのかな、母性愛っていうのかい? 若い男のチンポにハマっちまったかい。ひぇっひぇっ、良かったら一度俺のもしゃぶってもらいたいねぇ~。硬さはないが、長さには自信があるんだ。ひぇ」

 

 

普通ならばここで嫌悪感を丸出しにするのだと思うが、正面から見た美紀は眉ひとつ動かさない無表情だ。まるで一切の感情がないようにも見える。

 

 

「あれ? もしかして奥さん怒ってる? いやあん、怒らないでぇ~え」

 

 

気持ちの悪いオネエ言葉でおどける川口は、あからさまに上機嫌のようだった。それもそうだろう。今ここでまとまった金が受け取れるのだ。川口の頭の中は、今日の夕食と遊びのことで溢れていた。

 

 

パチンコに行って、串カツを食って、安い焼酎じゃなく今日は生ビールを呑んでやろう。久しぶりに抜きに行くのもいい。発散してやる。

 

 

なにも喋らなくとも川口のそんな心の声がうるさく響く。そんな川口をちらりとも見ず、先を歩く美紀の足は、例の男の家の前で止まった。

 

 

「お金だけ持って逃げたりしませんよね」

 

 

川口に背を向けたまま、アパートの階段の前で美紀は尋ねた。

 

 

「そんなセクシーなハスキーボイスでおじさんを脅かさないでほしいねぇ。こう見えても私ゃ探偵ですよ? 約束を守るのが仕事みたいなもんです」

 

 

「……」

 

 

「まぁ、奥さんが疑うのも仕方ないね。あの写真持って行かれちゃ流石にお手上げだもんねぇ~。けど、ここで渡すわけにはいかないんだぁ。お金と交換ってことでどうかね」

「じゃあ、私の前を歩いてください」

 

 

川口は「はぁ?」ととぼけた返事をしたが、美紀の目の前にある階段を見上げて納得した。

 

 

「なるほど、人が1人分しか歩けないこのスペースで私を先に歩かせておけば、急に走って逃げたり出来ないってわけだ。信用ないねぇ、ひぇっひぇっ。いいさぁ、じゃあ先に歩こう」

 

 

川口は美紀の肩をどさくさ紛れに抱き、手を解くと美紀の前を歩いた。狭いコンクリートの階段を登り、一番奥の部屋の前に着くと、美紀が後ろから手を出して鍵を開けた。

 

 

もしも中に男がいたら一巻の終わりだ。だが、川口は家に男がいないことを確信していた。

 

 

「この時間、彼氏はお仕事だもんねぇ。彼氏の留守中に男を部屋に居れるなんて……悪い女だね、あんた」

 

 

木の軋む音と、金具の小さな悲鳴を立て扉が開いた。部屋は真っ暗でほとんど見えなかったが、辛うじて一番奥の部屋で光るパソコンだけは玄関先からも確認できる。川口がじろじろと奥を覗き込んでいると、美紀が川口の股間を握った。

 

 

「んごぉ! な、なにを……」

 

 

「私とセックスしたいんでしょ?」

 

 

「……ひぇっひぇ、ここまで物分りがいいとは思ってませんでしたよ奥さん……」

 

 

川口が興奮気味に顔を歪め、股間にあてがった美紀の手の甲に自分の手を乗せた。美紀は川口の首に息を吐きかけながら、ドアを閉めると川口を押し倒した。

 

 

「乱暴だねぇ奥さん……やっぱり若い奴とじゃ満足出来ないのかい」

 

 

美紀は川口から身を離すと、すぐ脇にあるドアを指差した。川口が寝そべりながら美紀が指差した先を見て笑う。

 

 

「なるほど、先にシャワーを浴びろと。この身体の匂いも味が合っていいんだけどねぇ」

 

 

川口が「よいしょ」と声を出し、腰を上げるとバスルームへと向かった。バスルームに着き、中を覗き込むと、川口の顔が歪んだ。

 

 

「なんだこの匂い、えらく臭いな……」

 

 

電気が点いていない暗い部屋で手探りにスイッチを探す。強烈な臭いに片手で鼻を押さえ、もう片方の手で壁をペタペタと探り、指先に突起が当たった。

 

 

それを電気のスイッチだと感覚的に悟った川口は、その突起を指で押し込むとカチリと音を立てて、何度か瞬きをしたような光の点滅の後、バスルームを明るく照らした。

 

 

「うぇ!? な、なんだこりゃあ……」

 

 

川口が「なんだこりゃあ、奥さんこれはなんですかい」と言ったつもりだった。だが実際は「奥さんこれはなんですかい」という言葉を丸々言うことが出来なかったのだ。

 

 

川口の視界が鈍い音と同時に赤く光った。視界の周りに静電気のような光が散っている。自分がなにか堅いもので殴られたと分かるまで数秒間要したが、3度目の殴打で理解出来た。

 

 

「ちょ、奥さ……、マズイですって……そんな……」

 

 

頭を押さえると生暖かい何かに触った。ぴちゃりと音を立てて触れたそれが血であることは掌にべっとりとついた赤色で理解していたが、それが自分の血だと理解するのはまた時間がかかった。それは殴打によるショックからか、それとも現実逃避なのか。

 

 

「あっ、あっ、あっ、あっ」

 

 

続けて頭に4度目の殴打があり、川口の視界がブレ、意図しない短い声が続けて発せられる。

 

 

「あっ、あっ、あっ、あっ……」

 

 

生存本能が川口の身体を突き動かし、地を這うように川口はバスルームから逃れ、奥の部屋へと逃げた。

 

 

玄関に逃げなかったのは、玄関の方向に美紀の足が見えたからだ。

 

 

川口が奥の部屋に辿り着いた時、美紀が追ってくる気配を感じなかった。川口は美紀の姿が見えないことを理解すると、ガンガンと頭の内側から響く衝撃の余韻を押さえつつ(とにかく隠れなきゃ)と思った。

 

 

隠れられそうなところはパソコンの向かいにある押入れ……。血で滑る指先でなんとかふすまを開ける。幸い押入れの中はすっきりと整理されていて川口が隠れるスペースがありそうだった。

 

 

「あっ、あっ……」

 

 

まともに声も出せなくなっていた川口は、とにかく中に入ろうと押入れの中に手を伸ばした指先に、厚手のビニールのようなものが当たった。

 

 

中に入るのにそのビニールが邪魔だと直感的に察した川口はそれを押入れの外へ出そうと頭を押さえていたもう片方の手で掴んだ時、それがなにかを知った。

 

 

「あーーーーーーーー」

 

 

川口は大声で叫んだ。その叫び声に反応し、バスルームの方から足音が近づいてくる。川口はぽろぽろと涙を流し、頬を血と涙でぐしゃぐしゃにした。

 

 

ブルブルと震えながら、足音が立ち止まる先を凝視し、口元を両手で押さえ叫び声を押さえようとするが、意識とは逆に声は途切れなかった。

 

 

「……探偵さん。そこにいたのね」

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