無料ホラーブログ小説 / やまびこ
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ショート連載
子供の頃、遠足や家族に連れられて山に行ったことがある。
吊り橋や河などもある、分かりやすい山だった。
子供だった私は自分の上った向かいの同じ背丈の山に向かって「やっほー!」と叫んだものだ。
やまびこというのは、別段とりたてて面白い事象というものではないと、子供心に分かってはいたが、
折角来たのだから一度はしておかなければ損をした気分になる。
そういった貧乏根性も手伝って、なんども「やっほー」やら兄弟の名前、友達の名前などを叫んだ。
そんな懐かしい思い出に浸るのも悪くないと思った。
当時、私の家は都心にあったので、そういった単純な自然現象が妙に懐かしくなる。
それは現代の英知に私が骨の髄まで毒されているからか、それともただ幼い日を懐古したいだけなのか。
町に住めば、大声で叫ぶこともない。
考えてみれば、そんな叫びたいという人間の欲求を満たすのでカラオケ文化は当たったのだろうか。
だがあくまでカラオケは歌う場である。
それを無視して叫んでも、特に問題はないだろうがあの狭い部屋で叫んでいても声がこもるだけだ。
そうではない。
外で発散する、という意味でだ。
私の家の前には大きなマンションが建っている。
すぐ下には駐車場だ。
少し歩けばスーパーもあるし、コンビニやレンタルビデオショップもある。
住むにはなにも事欠かない場所だ。
繁華街や都会に比べて、閑静な場所だと言ってもいい。
それだからといって、叫んだらすぐに誰かが警察に通報するだろう。
では思い切って人の多い場所ではどうか。
意外といけるかもしれない。落ち葉を隠すには落ち葉の中……という言葉もある。
だが、素行の悪い人間の気に触れるかもしれない。
私は何も面倒事を起こしたくて叫びたいと言っているわけではないのだ。
他にも考えてみよう。
例えばミュージシャンのライブなんてどうだ。
あそこならばみんな叫んでいるし、自分が叫んでいても何ら違和感などないはずだ。
……いや、ダメだ。
そもそも音がうるさくて叫んでも自分の声が聞こえないし、別にみんなと一緒に叫びたいわけではない。
そう考えると、また私は急な壁の前で頭を掻くしかない。
やはり山に登るしかないか。
私は仕方がないので、山を登るための準備をインターネットで調べた。
幸い、それほど寒い季節ではないので重い厚着はしなくてもよさそうだ。
どうせ行くのなら、あの吊り橋に行こう。
決心して行動してからは実に早かった。
もっと早くにこうしていればよかったのだと後悔するほどに。
決心してから十数時間後、私はあの山の吊り橋にいた。
よし、叫ぶぞ。
『お母さーーん』
叫ぼうと声を出そうとした。
だけど、あまりにもこのところ声を出して話していなかったため、上手く声が出なかった。
気を取り直してもう一度深呼吸をして叫んでみよう。
『お母さーーん』
やはり上手く声がでない。
なんということだ。
せっかくここまで来たというのに、母の死を悲しむこともできないのか。
まだ頭を叩き割ったときの感触が手に残っているというのに。
思いっきり叫んで、スッキリしたかっただけなのに。
……仕方がない。せめて記念にこの場所の写真でも撮っておくか。
私は吊り橋の上から見える自然の景色を写真に納めるため、携帯電話を構えた。
「あっ」
構えた手が滑り、携帯電話を落とした。
反射的にそれを拾おうとした時、
ギシッ
バランスの悪い吊り橋の手すりから、半身を回転させて落ちてしまった。
まっさかさまに落ちてゆく私は、河か地面に激突するまでの間、余りの恐怖に
「おかあさぁあああああああん!!」
と絶叫した。
……あ、声でた。これでスッキ
グジャ
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