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【夜葬】 病の章 -41-

公開日: : 最終更新日:2017/09/12 ショート連載, 夜葬 病の章

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船坂家に赴いた鉄二がまず驚いたのは、家の荒れようだった。

 

 

確か、船坂の娘のゆゆとは、彼女が舟越家に嫁いでから別々に暮らしていると聞いていた。

 

 

それは至って普通の理由であり、詮索するようなことではない。

 

 

だがあくまで『普通ならば』という範疇の話だ。

 

 

ゆゆは伊三と結婚して船坂家を出たが、夫の伊三はすでに死んでいる。

 

 

謂わばゆゆは未亡人であり、主のいない舟越の家にいる必要はない。

 

 

むしろ、男手を頼って実家である船坂家に戻ってもよさそうなものだ。

 

 

にも関わらずゆゆは依然舟越家で子供とふたり暮らしを貫き、船坂もそれを受け入れるようにひとり家に暮らしている。

 

 

船坂の妻であり、ゆゆの母親は数年も前に病気で死んだという。

 

 

そのため船坂はひとりなわけだが、夫を亡くしたゆゆがひとりっきりの父親の下に戻らないのは、どうにも違和感がぬぐえない。

 

 

「……入るよ。船坂さん」

 

 

ぎしし、と板が軋む音を立て何度も戸が引っかかる。

 

 

取れてしまうのではないかと気にしながら鉄二が玄関をくぐると、薄暗く埃っぽい屋内に眉をひそめた。

 

 

「おう、鉄二か。久しぶりだな」

 

 

奥から船坂の声がする。

 

 

しわがれた声だったが、昔のままの面影が残る分かり易い声。

 

 

子供の頃、よくこの声で叱られ、遊んでもらった。

 

 

唐突に鉄二の中に懐かしみが込み上げてくるが、そんな懐かしみを素通りしていくような不潔な光景がそれを邪魔をする。

 

 

「どうしたんだよ、この散らかりようは」

 

 

思わずでた言葉から鉄二の本音が漏れた。

 

 

船坂の家はあらゆるものが散乱しており、釜や農具も随分長いこと使っていないと分かるほど埃が被ったまま放置されている。

 

 

壁の隙間から微かに外の陽の光が漏れ出しているものの、その微かな光が光線となり埃で揺れる空間を照らし出していた。

 

 

臭いも酷いものだった。

 

 

さすがに糞尿が散らばっているようなことはなかったが、手入れも汲み取りもしていないのか、便所の臭いが家の中いっぱいに漂っている。

 

 

よくもまあこんなところに人が住めるものだと逆に関心してしまうほどの有り様。

 

 

引きっぱなしの布団に寝そべっている船坂は、そんな鉄二の心情になど構わず奥に来るよう勧めた。

 

 

「その前におっちゃん、換気しようぜ。埃っぽいしかび臭いし、便所の臭いも充満している。こんなところにいちゃあ、身体悪くするだけだ」

 

 

そう言いながら鉄二は閉め切ったままの納戸を開けようとした。

 

 

「勝手なことすんな! いいから閉めとけ!」

 

 

船坂の怒号が納戸に手を掛けた鉄二を止めた。

 

 

なぜ怒鳴られたか分からない鉄二は思わず船坂に振り返ると、船坂は目を血走らせて鉄二を睨みつけている。

 

 

「なんだよ、そんなに怒鳴ることないだろ」

 

 

「うるさい! お前は黙ってそこに座っときゃいい」

 

 

そう言って布団の正面を指差すと船坂は機嫌悪そうな口調のまま鉄二に指図をする。

 

 

なにかもの言いたげな表情のままで、鉄二が言われるがまま船坂の前に座った。

 

 

――それにしても随分とこの人も変わったな。

 

 

改めて船坂を正面からまじまじと見た鉄二は、内心そう思った。

 

 

がっちりとした体形で、力自慢と人懐っこさが特徴だった船坂の姿は見る影もなく変貌していた。

 

 

やせ細り、目の下には真っ黒なクマを作っていて、シャツの口元から覗く肋骨の浮いた胸。

 

 

子供の頃、こんな大人になれたらかっこいいと憧れた厚い胸板は、転んだだけで肋骨が折れてしまいそうに弱弱しいものになっていた。

 

 

腹だけはぽこんとせり出しており、全体のバランスは悪い。

 

 

髪や髭の伸びたい放題な上、真っ白な白髪に染まっており、真っ黒な日焼けした肌が自慢だったはずの肌もオセロを裏返したように対極的な白さだった。

 

 

それなのに目だけは血走り、ギラギラと光を放っていて死にかけているのか、精力に満ち満ちているのかまったくわからない。

 

 

ともかくとして、鉄二の目に映る船坂は、鉄二のよく知るそれではなかった。

 

 

醜悪とも言い換えていいその姿を前に、やはり自分はこの村に戻ってくるべきでなかったと、本気で悔いはじめる。

 

 

「鉄二、今の鈍振村を見てどう思った」

 

 

「どうって……えらく変わったもんだ。特に外の連中なんざ、よく受け入れたなおっちゃん」

 

 

「よく受け入れた……だと?」

 

 

布団の上にあぐらをかいて煙草に火を点けていた船坂は鉄二を見る瞳の色を変えた。

 

 

「ぶっ!」

 

 

そして次の瞬間、鉄二に向かって唾を吐きかけたのだ。

 

 

「なんだよ、なにすんだおっちゃん!」

 

 

突然の蛮行に鉄二は驚きと憤りを露わにする。

 

 

「全部、お前のせいだ! 鉄二!」

 

 

「どういう理屈でそうなる? 俺がなにをしたっていうんだ!」

 

 

突然唾を吐き、口を荒らげる船坂に対し、鉄二も同じ熱量で言い返す。

 

 

船坂は痰をからませた苦しそうな咳をすると、掴みかからんばかりの勢いで前のめりに鉄二を睨む。

 

 

「なにをした、だと? ゆゆがあんな風になったのも、村がおかしくなったのも全部お前のせいだ! お前が、お前が――」

 

 

「なんでも俺のせいにするな! せいぜい、村を離れていた時期が長かったから俺のせいにしやすかっただけだろうが!」

 

 

「違う! お前が【夜葬】を終わらせたせいだ!」

 

 

 

 

-42-へつづく

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