美人恐怖症 / ホラー小説
■美人恐怖症
僕は美人が怖い。
なによりも美人が怖い。
こんなことを言うとみんなに誤解されるんだ。
「お前は自分のことを棚に上げて、恋人が出来ない理由にそんなわけのわからない病気をでっちあげてる」
と。
だから、僕はいつしかそれを隠すようになった。
■近寄る美人
「ねぇ、宅麻くん。隣、いいかな」
なぜ現実というものは僕を放っておいてくれないのか。
部署移動でやってきた山崎眞子主事。
仕事も出来て綺麗で、性格もよくてでも独身。
そんな彼女は誰からも人気があった。
彼女の名誉のために言うと、僕も彼女の性格……いや、人としては彼女の事が好きだ。
いや、好きだった。……この瞬間までは。
■しつこい美人
「宅麻くん……ってさ、彼女とかいるのかな」
山崎主事は僕よりも2つ年上で、立場も上だ。
出世街道をまっしぐらといってもいい山崎主事と、僕とではそもそも差があり過ぎる。
「あ、いえ。そういうのはいない……っていうか」
周囲からやたらと視線を感じる。
「おいおい、宅麻の野郎また山崎主事に声かかけられてるぜ。あんな美人に慕われて羨ましいぜ」
言葉を返すが、こんな美人に声をかけられらないお前らのほうが僕には羨ましい。
僕がこんなことをいうとみんな、「天狗になりやがって」「高く留まりやがって」と好き勝手言ってくれる。
僕が、好きでそんなことをいうと思うのか。
やたらと顔を近づけてくる山崎主事の胸元や首筋から、汗の混じった香水の匂いがする。
いや、香水ではない。
会社に香水をつけてくるような女ならばこんなに出世をするわけがない。
これは……そうか、彼女のシャンプーと柔軟剤だろうか?
まぁ、どうでもいい。
そんなことよりも、僕の心の声を聞いてくれ。
■吐き気
――おえ。
そう、僕は今吐き気がしているのだ。
それも今にも喉からこみ上げて口から溢れそうなほど。
今日の昼食がサンドイッチで良かった。
もしも今日の献立がカレーや肉類などをチョイスしていたら、僕は今頃山崎主事の顔面に吐瀉物をぶちまけていただろうからだ。
「ねぇ、そんなにそっけなくしないでよ。分かってるんでしょ? 女に恥かかせるものじゃないよ。それに……私は上司だし、ね」
「はぁ……」
ぬるい返事でなんとなくその場をやりすごそうとするが、山崎主事は僕の態度のどこかが気に食わなかったらしく、急に顔の中心に皺を寄せた。
「ちょっと! いい加減にして。嫌ならちゃんと断っていいのよ、気を使わないでいいからどっちかにしてちょうだい」
山崎主事が僕の肩を強く揺さぶった時、手に持ったサンドイッチが手から滑り落ちてしまった。
「あ」
その瞬間、僕は山崎主事の顔を直接見てしまう。
「うわ、宅麻と山崎主事がキスするんじゃね!?」
そんなことをギャラリーに言われてしまうほど、僕は山崎主事の顔を至近距離で見たのだ。
■悪いのは美人
「わっ!」
不測の事態に、僕は短く声を上げ山崎主事のテーブルに置かれていたフォークを掴む。
あ、山崎主事のランチはパスタだったのか。
わ……バジルソース?
やっぱり彼女とは趣味が合わないんだなァ。
無意識に僕はそんなことを考えた。きっと危機回避的な本能が働いたのだろう。
「わあああああっ!」
「きゃああああっ!」
山崎主事の食べていたバジルソースにまみれたパスタを見ていると、周りがギャーギャーと急に騒ぎ始める。
なんだようるさいなぁ。
ただでさえ、僕はサンドイッチを落としてテンション下がっているっていうのに。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ」
気持ちの悪い濁った、……あ、夏場に蚊避けにあるあの蛍光灯みたいなやつ。
蚊が近づいたらジジ、て焼けちゃうあれ。
そうそう、そういう感じの声。
そんな声が僕の近くで聞こえたんだ。
ぶちゅぶちゅと、愉快な音を立てて山崎主事の目が赤い液体でいっぱいになっていた。
半透明な濁った液体と混ざり合って、もうそれがなんだかわからない。
それが無性に腹が立って、僕は更に激しくフォークで何度も刺し続ける。
「あばばばばば」
だから言っただろ。
「美人は嫌いだって」
山崎主事が訳のわからない声を上げ、同僚たちがパニックになるころ僕は、明日の昼食の献立を考えていた。
周りがうるさくさわぐものだから、落ち着いて考えられらないのがやけにイラついたけれど、そういうものにわざわざ体力を使うタイプでもないので、ひとまず黙っておく。
それにしても、明日は少しパンチの効いたものが食べたい。
窓の外を見ると、空は暗く雲の多い天気だ。
明日は晴れるかなぁ。そうだ、明日のランチはカレーにしよう。
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