マグロ / ホラー小説
■マグロ
「わあ、綺麗なマグロですねー」
テレビで女子アナウンサーが真っ赤で透き通るマグロの寿司を見て感想を言った。
確かに、テレビに映るマグロはキラキラと照明の光を吸って輝き、ルビーのように透き通っていた。
もしもこれを2センチ四方に切り、指輪やネックレスのヘッドにしていたら、きっとなにかの宝石だと勘違いしていただろう。
それほどまでに美しいマグロだった。
しかし、それだけ美しいから逆にこれが本物のマグロなのか……、それを疑ってしまう要因にもなるのだと思う。
「おいし~い」
そう考えている真っ最中に、宝石のようなマグロはアナウンサーの口の中へ消えていった。
顔はおいしそうな顔をしているのだが、実際はどうなのだろう。
あれだけ透き通ったマグロならば、逆に脂は乗っていないだろうし、むしろ血の味のする淡白な味……なのではないだろうか。
「すっごく綺麗で、食べてみるとあっさりしていておいしいです」
アナウンサーは満面の笑みで頬を膨らませながら言った。
ほら見ろ、それは暗にそれほど美味くはないと言ったようなものだ。
俺はテレビを消した。
■食べたいマグロ
しかしそれからというものの、俺はやけにマグロが気になった。
寿司、刺身、鉄火丼、カルパッチョ、マリネ、ネギトロ……
ああ、食べたい。食べたいなぁ……
あのテレビを消した瞬間から、俺はマグロに憑りつかれていたといっても過言ではないのではなかろうか。
あの赤い、赤い……真っ赤なルビーのようなマグロ。
どれだけ俺がマグロを食べたいと思っても、それは叶いそうにはなかった。
なぜならば俺は働いていない。
働いていないということは、収入がないということだ。
収入が無い、つまり金がない。金が無ければ飯が食えない。
飯が食えないということは、マグロなど手に入るはずがないということ。
情けないが、これが俺の生きる現状であり日常である。
食べたい。食べたいなぁ……。
■作ってみよう
そこで俺は考えた。
外で食えない。買えないのならば作ればいいのだ。
美味いかどうかはわからないが、少なくとも近いものは作れるかもしれない。
俺は、部屋中を探した。
「あった……」
久しぶりに出した声は、しわがれてガラガラだ。
もっというのなら、喋ったせいで喉が少し広がり咳き込んでしまった。
俺が見つけたのは木工用ボンド。
これを使うのだ。
鼻歌交じりに俺は、いつ食べたかわからないカップラーメンの容器から蓋だけを剥がす。
そして蓋の裏、銀色の面に木工用ボンドを米粒ほどの量を出して並べてゆく。
「おいしそうだ」
思わず声が漏れた。ついつい手を出してしまいそうになるのを必死で耐え、俺は蓋中に並べたボンドの粒をそのまま置いた。
「次はわさびだな」
なんだか楽しくなってきた。
本当ならわさびは苦手なほうなのだが、今日ばかりはわさびの風味も楽しもうと思う。
俺は流しの隅々まで探す。
当然、流しには放置したままの食器や食べ残しのカップが山積みだ。
だけどそれらをどけて、俺は探した。
「あったあった」
流しの排水溝。緑色の苔状になったカビ。
俺はそれを指ですくうと、人差し指と親指でこねた。
――うん、大分それらしくなってきたな。
最後のマグロだ……。
■マグロ探し
肝心なマグロ……マグロはどうすればいい?
俺は考えた。シャリとわさびは確保した。あとはネタだけである。だがそのネタを探すのが難しい。
考えていても思いつかないので、部屋をひっくり返すように調べてみる。
ない。
ない。
ない。
俺は途方に暮れた。
これじゃ食べられないじゃないか。俺のマグロ……。
……あ。
八方塞がりで窓を見詰めた際に俺は気付いた。
――ガラス。
興奮した。
そうだ、ガラスならば綺麗に透き通っている。透明度だけでいうのなら本家のマグロよりもすごいじゃないか。
あとは、マグロの赤……。赤だ。
赤をどうしよう。
……どうしようもなにもないか。赤を出すには一つしかないよな
■マグロの赤
俺はまず窓ガラスをジュースの瓶を叩きつけて割った。そして、破片の中から丁度いいサイズのガラスを拾う。
――よし、なかなかいい大きさだ。
俺はそれをボンドを乾かして作ったシャリに乗せようと近づけた。
「おっと、うっかり忘れていた」
今日はわさびをつけるって決めたじゃないか。なにをやっているんだ俺は。
心でそう呟いて笑うと、指先にあのカビをこねたものをガラスの片面にべっとりと塗った。
――少し本物より黒いけど、大丈夫だろう。
後はマグロを乗せるのみ。
なんてドキドキするのだろうか。
俺はマグロをその上に乗せ、それとは別の尖った破片を拾って来た。
左手の手首を思い切り深く斬りつける。
気を失うかと思うほど痛かったけど、「はやくたべたい」という欲の方がはるかに勝った。
滴り落ちる自分の血で、綺麗な赤にそまってゆくマグロをみて思わず見蕩れる。
そっと、崩れないように右手で寿司を持つと、それを口に入れた。
バリバリとすごい音と歯ごたえ、口の中、至る所に走る鋭い痛み。
口の端からは涎と血が混じった液体が流れ出た。
「ああ、美味い。上手いなぁ……」
少し物足りないけれど、マグロを食べられたことに満足をした僕は窓から飛び降りた。
「ごちそうさま!」
幸い下には誰もいなかった。
よぉし、あっちでも沢山マグロを食べ……ぐしゃ。
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