ホラー小説 / ゴミ 1
■投げ込まれるゴミ
「ただいまぁ……」
蒸し暑い部屋に帰るとすぐにエアコンを操作した。
ピッという電子音と一緒に羽がゆっくりと開き一瞬の生暖かい風の後氷の山を通ってきたかと思うような冷たい風が吹き始める。
「うー極楽~」
外も熱いが昼間中蒸された部屋も相当暑い。
何故か部屋に帰った直後の方が汗だくだくと溢れるし……。
7月初旬でこれならば一体どうなってしまうのか。
そんな私にはもう一つの悩みがあった。
「……まただ」
閉め切れていなかったカーテンをちゃんと閉め切ろうとベランダの窓に立った私は、そこから見えるある物が目に入り非常に気が滅入った。
「……一体だれなのよ」
私はひとまずそのゴミを見なかったことにし、そのままベランダに置きっぱなしにしておいた。
■度重なる嫌がらせ
実は私の部屋のベランダにゴミが投げ込まれているのは今回だけではない。
決まって金曜日の夜。時々ない場合もあるが、ほとんど毎週のように投げ捨てられているのだ。
私の家はマンションの一階。投げ込みやすい階に住んでいるのが悪いのだろうか。
最初の頃は気持ち悪さがあったが、放置したままにしておくことも出来ないのでゴミ袋を捨てるのに持ち上げたところ、非常に軽かった。
持ってみた感覚と、外見から見るふくらみで推測するに……どうやら中身は紙屑ばかりのようだった。
物の大きさも大したことはなく、気持ち悪さを持ちながらも仕方なしに自分のゴミと一緒に出す。
だがこうも毎週のように捨てられると、気味の悪さは次第に怒りへと表情を変えたのだ。
その日は金曜日。例外なくまたベランダにはゴミ。
仕事のストレスに加えこの目の前に無造作に捨てられたゴミに対して乾いた怒りが沸くのが止められない。
自分の視界にいつまでもそれが映るのが不快で、カーテンをピシャリと閉じた。
■ストレスの原因
「ねえ、真里菜大丈夫?」
給湯室でコーヒーを淹れていると同僚の奈美がこそこそと話しかけていた。
「……なにが?」
本当は奈美が何を言いたいのかを分かっているがそれを肯定してしまってはなんだか自分がみじめに思えてしまう。
だから私はあえてそれに気付いていない振りをして彼女に聞き返すのだ。
「ホクロのことだよー」
「ああ、うん……」
私の予感は的中した。彼女はやはりあの男のことを言っているのだ。
「ほんっと女の敵よね。今時コーヒー持ってこさせるとか、パワハラで訴えられるんじゃない? コンプアライアンス部に通用してあげよっか?」
「いいよそんなの……。たかがコーヒーだし」
分かっている。奈美は同調する振りをしながら私を見て面白がりたいだけなのだ。
自分は決してそんな扱いを受けることもないこと分かっていて、その上で私を気に掛けるような言葉をかける。
彼女の言った「コンプアライアンス部に通報してあげよっか」という言葉だって、鵜呑みにすれば怪我をすることになるだろう。
「たかがコーヒーって言っても、女性軽視してなきゃそんなの言えなくない? 真里菜だって自分の仕事中断してんでしょ? そんなの立派なパワハラだって! それにセクハラもあるんでしょ」
セクハラのところぐらいから急に小声で喋りかける奈美の顔は、神妙な面持ちをしているが明らかに私を面白がっているのが分かる。本当に尊敬する人格者だ。
「セクハラなんて大袈裟だよ。みんなが思ってるほど嫌だなんて思ってないか」
ここで彼女の言葉に乗り、「そうだよね」なんて言ってしまったらその時は盛り上がるかもしれないが翌日には所内の女子社員には全て知れ渡っている。
これはなにも私だけに限らず他の女子社員達も同じだ。
誰もが決して本音は言わない。必ずどこかしらでストレスを吐き出し、仮面を磨いてはそれを嵌め日々を過ごしているのだ。
「あ、ごめん……長話ししちゃったね。私トイレに行くんだった。じゃあね」
「うん。ありがと」
結局私からおいしい蜜を吸い取り損ねた羽虫は、諦めて飛び立っていった。
「お前コーヒーくらいでどんだけ時間かかってんだ?」
ホクロと言うあだ名の通り、顔中に点々とホクロのある私の上司・釣谷部長は自分が頼んだコーヒーが届く時間に不満をぶつけた。
「すみません。給湯室のサーバーの電源が抜けてまして……お湯を沸かすのに時間がかかってしまいました」
「はぁ? サーバーの電源が切れていた? なんでだよ」
「さあ……私にもわかりません」
「さあわかりませんって、小学生じゃないんだからさその時点で報告してよ! たかがコーヒーと思ってるかもしれないけどこっちはお前の何倍も重要な案件抱えてんだよ。自分で淹れに行く時間もないの!
わかる? モチベーション保つのに必要な訳」
「すいません。きちんと報告すべきでした」
「報告すればいいの? 大体今日朝来た時に確認しておけばそれだけで済んだ話じゃないのかな! 本当に仕事する気あるの!?」
ホクロはネチネチとみんなの前で私を叱責し、気が済むところまで好き放題言うと「仕事に戻れ」と私を返す。
そんな私を社内の他のみんなはチラチラと気の毒そうに見る。
そうやって私を見る癖に助けもしない。時々先ほどの奈美のように白々しく慰めにくるだけなのだ。
このご時世にこんな時代錯誤なことを繰り返すホクロに対し、私はある種の憐れみのようなものも感じていた。これは恐らく周りで見ているだけのみんなに於いても同じことであろう。
ホクロは仕事は出来るが口の悪さでは有名だった。
結果、45歳にして部長のポストにはいるものの社内では孤立しているし、こんな風に私を責めてもどこかその憐れな所に同情されているのかコンプアライアンスに通報されることなかった。
そう割り切ってはいるものの、言われている方の私としてはストレスが溜まる一方だ。
そして金曜日のあのゴミ。
決まって金曜日の私はつい缶チューハイと安いワインで悪酔いをしてしまうのだった。
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