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【連載】めろん。4

公開日: : 最終更新日:2019/03/05 未分類 , , ,

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・玉井 典美 43歳 主婦①

 体の不調はもう一週間以上続いている。

 寝不足と食欲不振が目下の悩みの種だった。パートから帰った後、だるい体を預けるようにしてソファに沈み、目が覚めるともう日が落ちようとしていた。

 窓から差す橙の光に焦りを感じ、立ち上がると体のだるさは幾分かはマシだった。やはり寝不足からくるだるさだろうか。

 戸窓から向かいの棟が見える。ベージュの壁はくすみ、あちこちのベランダで干してある布団から露骨な生活感を感じる。深いため息が出た。

 なんだって私はこんな所帯じみた市営住宅に暮らしているのだ。庭付き戸建てにコーギーを飼う。子供はふたり、男の子と女の子をひとりずつ。私は専業主婦で趣味はガーデニングに刺繍、昼は時々お隣さんを呼んでランチパーティー。ガーデニングやDIYにも力を入れて……という理想は見事に霧散し、目の前の団地群が容赦なく現実を突き付けた。

 今の暮らしに不満があるわけではない。だが時々、別の可能性もあったのではないかと思うこともあった。決まって、こんな哀愁さえ漂う夕刻の時。同じ顔の棟を眺めたときに襲ってくる。それが私にはどうしようもなく憂鬱だった。

『――も飲んでいる効果抜群のダイエットサプリ!』

 点けっぱなしのテレビCMからお決まりの謳い文句が飛ぶ。反射的に薄く窓ガラスに映った自分を見つめると、情けなくなった。

『別の可能性もあったのではないか』という理想は他にもある。

 簡単につまめてしまうこの贅肉。乗らなくなった体重計。白髪交じりの髪に皺。消えないシミもそうだ。

 黒木瞳のような年の取り方をするものだとばかり思っていた。だがどうだ。今の自分は理想通りなのだろうか。

 生活が理想と違うのは仕方ないにしても、自分の身体が理想通りでないのはなぜだ。

 結局、怠慢だと結論つけるしかない。認めるのは癪だが、自問自答をいくらしたところで毎回この結論に達する。

 こんなはずじゃない。口に出さず溜め息を吐いた。

『気になるカロリーはこいつでK.O! 糖質だって押さえちゃうメロン。続けるために重要なお味の種類は5種類! メロン、カフェオレ、バニラ、メロン、抹茶――』

 ああ、まただ。

 溜め息。今度は幻聴だ。

 体調の悪さは今にはじまったことではないが、幻聴は2、3日前から聞こえ始めた。

 心当たりがあるだけに溜め息は長い。

『辛いダイエットの頼れる味方。ダイエットメロン! メロンさんはメロンを……』

 ダイエットだ。このCMでやっているサプリは欲しいがなにしろ高い。一度や二度、買えても毎月となると無理だ。それに効き目があるとも限らない。

 無駄遣いしてはいつまで経っても貯金は貯まらず、このベージュの群れからも逃れることができない。いつかは戸建てのマイホーム。夫には頑張ってもらわねばならないが、私もまた節約をしなければならない。

 そのためにはダイエットで無駄遣いしていてはいけないのだ。

 そうして私は『食べないダイエット』を始めた。要は空腹で体調が悪く、幻聴が聞こえるということだ。

 だから家族や友人にも相談はできなかった。病院などもってのほかだ。

 しかし、幻聴まで聞こえてくるのだからもう少し食べたほうがいい。テレビを消し、今晩は少し多めに食べようかと思った。

 丁度買い物にも出かけなければならないし……と考えたところで、なにを食べようかと少し気分がよくなった。

 それにしても……なぜ、『メロン』なのだろうか。

 幻聴は初めての経験だが、こんな幻聴はあるのか。人の話す言葉の節々に『メロン』という言葉が割り込んできたり、言葉そのものがすげ変わったりもする。

 最初に聞こえた時は、大いに混乱した。自分の頭がおかしくなってしまったのかと思った。

 だが聞こえてくる言葉に『メロン』が混じるだけで、ほかに害はないし、頭痛がするなどといったこともない。

 ならばやはりこれはただの幻聴。そう断定はしたものの、なぜ『メロン』なのかという疑問には答えられずにいた。

 思い込みの一種だ。ストレスさえ緩和されれば消えるはず。できるだけ『メロン』という言葉は意識しないでおこう。

 時計を見るとそろそろ娘の茉菜(ルビ/まな)が学校から帰ってくる時間だ。今のうちに買い物に行っておかないと。

『本日のお買い得商品のご案内を申し上げます。青果コーナーからはお買い得ぶなしめじ1パック98円、大特価玉ねぎは取り放題一袋198円にてご奉仕しております。つづいて生鮮コーナーからはメロン肉100グラム78円、国内産ジューシーポークコマ切れ200グラム1パック298メロン、水産からメロン、数量限定メロン円』

 頭が痛くなってきた。

 買い物に訪れたスーパーの店内放送でもメロンメロンの大連呼。これはいよいよ病院に行った方がいいような気さえする。

 だがそれにしたってこの時間からでは遅い。しかも明日は週末で診療所はやっていない。大きな総合病院に行くほど大げさなものでもないし、週が明けるまではなんとか我慢してやりくりするしかない。私は仕方なく、買い物を続けることにした。

めろん。5へつづく

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