妊婦 4 / ホラー小説
■妊娠……
ガチャガチャと莉奈宅のドアノブを捻り、和美は「開かない開かない開かない開かない!」と叫び、発作的に莉奈に振り向くとずかずか近づいてきた。
「莉奈、鍵」
「渡すわけないでしょ!」
和美の異常な行動と、自宅を知っていたという事実に、莉奈の先ほどまでの怒りは恐怖めいた感情に変わっていた。
……いや、もはやこれは恐怖だった。
「やめて、やめてよ! 警察呼ぶよ」
それでもガチャガチャとドアノブを乱暴に回す和美に対して莉奈は、少し涙声を交えて叫んだ。
「……警察?」
ピタリ、と和美は暴れる手を止め、無表情で莉奈に向く。
「警察っていった? なんで? なんで警察に電話するの?」
「え……いや、だって私の家に無理矢理入ろうとしたり……さ」
――早く終わってほしい。
心の中で莉奈は何度もつぶやきながら、目を真ん丸とさせながら自分を凝視する和美に言う。その声は、か細く、消え入りそうなほどに小さかった。
「聞こえない! 早く開けてよ!」
莉奈の後ろに隠れた沙弓もすっかり怯えてしまっている。莉奈は不本意ではあるが、和美がすぐ後に言った「変なことはなにもしないから」という言葉に、ついつい背を押されてしまった。
■和美の異常な行動
莉奈がドアを開けると、割り込むように和美は中へと上がり込んだ。
乱暴に音を立てて階段を昇って行くのを追いかけようとしたが、莉奈は沙弓に「トイレに隠れていなさい」と言ってトイレに行かせた。
沙弓は心細いと嫌がったが、幼いながらでも和美の異様な言動に怯えていたため莉奈が少し強めに言うと素直に従った。
莉奈はスマートフォンを取り出すと、110番をコールしそのままポケットに入れると和美の後を追う。
「ああああああ! ああああああ!」
半狂乱な叫び声。
これが誰の声かなどと、考えなくとも分かった。
「な、なにしてるの!」
和美は寝室にいた。
寝室のベッドの上で、叫びながらなにかナイフのようなものでシーツを裂いては中身の綿を撒き散らしている。
「ここね?! ここでセックスをして子供を作ったのね……悔しい、悔しい……。うあああああ!!」
その異常な行動を見て、莉奈は立ち尽くしてしまった。
そして、同時に理解したのだ。
――あのいたずら電話は、和美に違いない。
と。
「やめて! なんで、なんでこんなことするの!? 私が何をしたというの!?」
白目を剥きながら、一心不乱にベッドを痛めつけていた和美は、莉奈の言葉に反応しベッドを降りた。
手には、大きな何かの作業用なのか、大きなはさみが握られている。
「子供がいるのに、子供を作ったじゃない」
「……え」
今までヒステリックの叫んでいたはずの和美は、真顔になって莉奈を見詰めた。
真ん丸く目を見開き、真っ直ぐに莉奈を見ている。その眼は、真っ黒く深い闇の如く黒井。
口元からは涎が垂れており、彼女が正常な思考をしているようには見えなかった。
「なに、言ってるの……? あなただって、お腹に赤ちゃん……」
「……ああ、これ? これね」
マタニティドレスの膨らんだ部分に、和美はスカートから手を入れた。
「な、なにして……」
ボトボト、という音を立てて何かが和美の足元に落ちる。
一体なにが落ちたのかと思い、莉奈がそれに目を移すとたちまちその顔は凍り付いてしまった。
■落ちたもの
「ひぃっ……!」
目の前に現れたもののおぞましさに、莉奈は後ずさりした。
「あっ!」
後ずさりした際に踵が躓き、莉奈はお尻から転んでしまう。
「……うぅ!」
和美のスカートの中から落ちたもの……それは、真っ赤な赤ん坊の人形だった。
一瞬、本物かと目を疑ったが一度に3体ほど落ち、どれもが違う形状のものだったため、比較的すぐにそれが人形だと莉奈は理解した。
「私は赤ちゃん産めないの! だから、あなたのその赤ちゃん、頂戴」
はさみを持って和美は近づいてきた。
ぺたりとへこんだお腹のせいで、マタニティドレスはダブダブに余っている。
その余ったマタニティドレスのスカートが歩く度にひらひらと大袈裟に揺れ、和美が近寄る度に寄る服のシワが、莉奈の目により気味悪く映った。
「あーかちゃん、あーかちゃん、あーかちゃん」
「ひぃ……!」
莉奈はその場から逃げるために身体を持ちあげようと、床に手をついた。
ピチャリ、
冷たい感触と水の音に思わず莉奈は自分の周りを見やる。
「うぅ!」
――破水していた。
それを見て莉奈は動けなくなってしまう。だが、和美はそんなこともお構いなしに迫ってきた。
「ね? ね? 貴方にはもう一人いるからいいじゃない! 貴方のお腹から赤ちゃんを取り出して、私のここに入れなおすの! そして、私が産んだってことにしたらいいじゃない!?」
和美の言っている内容の恐ろしさと異常さに、元々動けないでいた莉奈はさらに恐怖で硬直してしまった。
「ね? 赤ちゃん……ちょ~ぅだぃ~?」
莉奈は、ただただお腹を庇いながらはさみを振りかぶる和美を見上げることしか出来なかった。
■発見
史郎が帰宅した時、夜中だったのにも関わらず電気は点いていなかった。
玄関灯すら点いておらず、真っ暗な我が家に入り「ただいまー……」と一声かけてみると、ガチャガチャとトイレから物音がした。
「誰だ!」
真っ暗な自宅、鍵はかかっていなかった。
それゆえ、莉奈と沙弓はどこか買い物かなにかに出かけており、家に鍵をかけるのを忘れていただけだと思ったのだ。
だから史郎は、トイレに不審者がいるのでは……と直感的に感じた。
「パパぁー!」
聞こえたのは沙弓の泣きじゃくる声。
予想外のそれに、史郎は慌ててトイレまで走るとドアを開けてやった。
「どうした? 沙弓、ママは?!」
聞いては見るものの、言葉もまだろくに覚えていない沙弓の言うことは、とても史郎には解読できない。
仕方なしに、泣きじゃくる沙弓を抱きかかえると寝室のある二階へと向かった。
――二階に続く階段。史郎は細心の注意を払い、物音を立てずに上がる。
階段を上がり、廊下を行くと寝室の扉が開いたままになっていた。
「莉奈……?」
寝室に入ると、妙に生臭い血の匂いが鼻に突き抜け、史郎の胸を強烈にざわつかせる。
「……!!」
寝室に莉奈は居た。
ベッドに仰向けで横たわる莉奈は、暗い部屋の中で無言のままだった。
史郎が沙弓を降ろし、莉奈に近づくと余りの光景に史郎は言葉を失い、膝から崩れ落ちた。
「り、……り、な……」
……莉奈は目を開いたまま、絶命していた。
■おぞましい遺体
――その後の解剖の結果、恐ろしいことが分かった。
莉奈の腹は刃物のようなもので裂かれており、中にいたはずの胎児が取り出されていたらしい。
さらに、胎児が取り出された後の莉奈の腹の中に、赤ん坊の人形が無理矢理押し込まれていたというのだ。
犯人と思しき人物は未だ特定されておらず、逮捕に至っていない……。
和美はどこに行ってしまったのだろうか……。
莉奈から取り出された赤ん坊は、見つかっていない――。
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