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【連載】めろん。15

公開日: : 最終更新日:2019/06/11 めろん。, ショート連載, 著作 , , ,

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・綾田広志 38歳 刑事⑤

 玉井善治は寝室のベッドでひとり、放心していた。

 ネクタイを外し、胸まで外したボタンがさっきまでリラックスしていたということを物語っている。いまはリラックスというにはほど遠い様子だ。

 寝室のそばには三小杉が立っていた。俺の顔を見ると安堵の表情を浮かべ、待ってましたと言わんばかりに近寄ってきた。

「綾田さん」

 ああ、とひとこと返事をしてやると後から続いた高橋にげんこつを落とされる。高橋の短く責める言葉と、納得していない三小杉の曖昧な返事が背中越しに展開される。

「どんな状態だ」

「ひどく憔悴していますが、話せます。受け答えもしっかりしていましたし、状況も飲み込めているとは思います」

「そうか。早めに聞いておかないとな」

 話せるし意識もはっきりしている。状況もわかっていて話せる……というのは、置かれている現状の上澄みだけを掬って辛うじて自我を保っている状態だ。

 時間が経つにつれ、徐々に現実味を帯びてきたら次第に錯乱状態になる。凄惨な事件の関係者にはこのタイプは多い。放心している今しかちゃんとした話は聞けないだろう。

「第一発見者で通報したのも彼です。到着した際、現場ではなく現場前の小さな公園で座っていたいたところを保護されました」

「ショックで現場からいったん離れた?」

「はい。警官が現場に駆け付けた時、玉井典美と娘の茉菜は仲良くテーブルを囲んでいました。テーブルの上にはめろんを囲んだ料理が所狭しと」

 あれを見させられては放心もするか。ひとり納得しながら俺は善治が放心する寝室へと入り、刺激しないようトーンを落として声をかけた。

「捜査一課の綾田です。玉井さん、お話を聞かせてもらってもよろしいですか」

 口を半開きにしたまま、善治は視線だけ一瞥をくれると刻むように小さくうなずいた。

「帰宅されたのは何時ごろでしょう」

「21時40……いや、22時前です」

「ご自宅に帰られた時のことをお聞かせ願えますか」

「家に帰ると……いつもどおり、いや違うな……いつもより機嫌よく妻が出迎えてくれたんです。茉菜も一緒に」

「普段はそんなことがないのですか」

「ええ……よっぽど機嫌がいい時くらいしか。だからきっとなにかいいことでもあったのかと思いました。それに茉菜が起きていたので」

「娘さんですね。普段は寝ているということですか」

「はい……。我が家の方針でして、正月以外は21時に寝るよう躾けています。それなのに茉菜は普通に起きていて」

「それについてなにか仰いましたか」

「いえ。引っ掛かりましたが、せっかく機嫌よくしているのだから黙っておこうと思いました。それに、キッチンからいい匂いが漂ってたので」

 いい匂い……ご自慢のめろん料理か。ひと目見てあれが人の肉だとは思わないだろうな。めろん本体をだされるまで。

「なにかの記念日だと思いました。けれど結婚記念日とも違う、家族の誰かが誕生かと思いましたがそれも違う。疑問に思いながら料理に手をつけました。見た目と違って固くて、なんだか妙な味が……」

 うっぷ、と口元を抑えると善治はその場に嘔吐してしまった。

 三小杉を呼び袋を持ってこさせ、背中をさすってやる。

「大丈夫ですか」

「す、すみません……私が食べたのはその……あの……」

「それ以上は結構です。食べた後のお話を聞かせてください」

 涙目で顔面蒼白の善治は、露骨に厭そうな顔で汚物処理をする三小杉の姿を無表情で見つめていた。うわごとのように「メロン……メロンって……」と繰り返している。

「玉井さん、お話を」

「ああ、ええっと……そうだ。茉菜が骨を見せてきたんです。お兄ちゃん、いい人だったよって笑って。それに典美も、どこかわからないですがつるつるとした内臓を持って、塩漬けにして臭みを飛ばすって言っていました。なにを言っているのかまったくわからなくて、ただパニックに……。テーブルの真ん中にはふたつ、メロン? え、メロンって……あれは人のあた、頭……え?」

 もう限界か。これ以上は無理だと判断した。

 高橋に目をやる。高橋は無言で被りを振った。

 メロン事件の加害者には特徴がある。やつらは「メロンの肉」を喰った後、会話が成立しなくなるのだ。互いに日本語で話しているのに、異国の人間と異国語で話しているような錯覚を覚えるほど話が通じない。

 例えば「名前を教えろ」と訊ねたら、「めろんおいしいですね」と返ってくる。これが延々と繰り返される。そして、「メロンの肉」を食べた加害者は、それ以降なにも食べ物を摂らなくなる。やがて餓死する。この者の豊かな国で、進んで餓死するのだ。一周まわって笑ってしまう。

 当然、我々としてはメロンたちの自殺に付きあってやるいわれはない。出来る限りの延命を試みるが、本人が摂食しないのではどうしようもない。

 最終的に病院に送ってそのまま……というケースがほとんどだ。

 大城からもこの件について聞いたがどこも対処の方法はそう変わらないという。

 結局、今回の善治のような近親者で巻き込まれた者からしか事件を訊くことしかできない。だがその当事者であってもただ「食べさせられた」だけだったり、「襲われた」だけなので事件の本質まではわからないのだ。

めろん。16へつづく

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