【連載】めろん。109
・星野檸檬 11歳 小学生④
蛙子と綾田を待ってしばらくしたころ、周りが慌ただしくなるのを感じた。
いつも笑顔を浮かべている両間でさえ一瞬顔を強張らせ、電話で誰かと真剣な様子で話すと部屋から出ていってしまった。
どうしていいかわからずただ椅子に座り込んでいると、十分ほどして戻ってきた両間に手を引かれ理沙がいる部屋へと連れてこられた。
「いいかい檸檬ちゃん、理沙ちゃんと一緒にここで待っているんだよ」
両間の笑顔は引き攣っていた……ように見える。なにが起きているのか気になったが、きっと私が考えているより大変なことがあったのだと思い聞かないことにした。
「もしもなにかあったときのために」と鍵を渡される。両間曰く、この部屋は外からも内からも鍵がなければ開けられない仕組みになっているという。たぶん、理沙のようになった人を外に出さないための仕掛けだろう。
同時に両間の言う「なにかあったとき」というのが、「理沙に襲われたりしたら」ということであると頭の中で置き換わる。私はそれを想像して泣きそうになった。
両間はオートロックになっているから閉まれば鍵なしで扉を開けることはできないと言った。早口で説明を済ませるといそいそと両間は消えた。
そして外の喧騒から隔離された部屋で、私たちはふたりきりになった。
理沙は縛られたりはしておらず、ただベッドに横たわっている。あれからずっと眠っていて心配になったが、口元に耳を近づけてみると寝息が聞こえて安心した。
生きている。それだけで心強かった。
「することないな……」
そうつぶやいたころにはもう数時間が経っていた……ように思う。ここには時計もなく、暇をつぶすものもない。体感的に数時間と思っているが実際はどうなのだろう。
自然とあくびが込み上げてくる。外の慌ただしさがどうなっているのか、この部屋の中にいてはわからない。だからと言って、扉を開けて外の様子を窺う気にはなれなかった。開けた途端になにか怖いものがわっと入ってきたらと想像して厭だった。
怖い想像を振り払いたくて後ろを振り返った。
理沙がすやすやと眠っている。それを見て私は安堵した。
わかっている。もしも理沙が今起きたとすれば、私が想像しているよりも恐ろしいことが起こる。そして私も……
だけど不思議と理沙が怖いと思わなかった。それはそうだ。理沙は私の妹だし、これまで何に於いても負けたことがない。起きて襲い掛かってきても勝てる気がしていた。
でもママみたいになったら。
脳裏によみがえる血の海、皿に載ったパパの頭。うれしそうなママの顔と青いパパの頭。それを食べさせようとする姿に足元から震えが上がってきた。
全身の毛穴が開き、そこから血が噴き出しそうだ。そんなあり得ない状態を思い浮かべてしまうくらい、あの時の光景はおそろしかった。
理沙があんなに恐ろしい顔をしたら。皿に載った青い私の顔。手や足、最近ちょっと膨らんできた乳房に歯を立て嚙みちぎる理沙の姿。
厭だ。
震えはさらに烈しさを増し、立っていられなくなった。
「理沙……」
だけど不思議と理沙の寝顔を見ると震えは引いた。理沙が怖ろしいものになった光景を想像してへたり込んだはずなのに、理沙を見て落ち着くなんて矛盾している。
でも今となってはたったひとりの家族。私の妹だ。
理沙がどんなことになっても恨めるわけがない。怖いのも痛いのも厭だけど、理沙が同じ目に遭うのはもっと厭だ。
理沙の寝顔に近づき、寝息を聴きながら、できればこのまま起きないでいてほしいと願った。そのほうがきっと、理沙にとっても幸せなのだ。
起きたらもう、理沙は私の知っている理沙じゃなくなっているかもしれない。いや、きっとそうだ。蛙子ちゃんが言っていたように、『めろん』しか言わなくなって私のことも食べ物にしか思えなくなるんだ。
だから……眠っていてほしい。眠っている理沙は、私の妹の理沙だ。本当は喋ってほしいし、いつもみたいにうざいくらい引っ付いてほしい。
でもそんな未来が、日常が戻ってこないならこのまま――
「輝く星に心の夢を~♪」
気づけば私は子守歌を歌っていた。『星に願いを』という歌だ。
我が家では昔から子守歌といえばこの歌だった。ママがディズニーが好きだから、この歌を子守歌にしていたのだ。
もう歌ってくれるママはいないけど、代わりに私が歌ってあげる。だから安心して寝てていいんだよ、理沙。
「祈ればいつか叶うでしょう♪」
緊張が解けていく。自分で歌いながら気分がよかった。幸せだったあの頃が戻ってきたような気がする。私は目を閉じて歌を続けた。
「きらきら星は不思議な力~」
理沙のベッドの足にもたれかかりながら『星に願いを』を歌い、歌い終えても2回目、3回目と繰り返し歌った。
このまま眠くなって私も眠ってしまおうと思った。きっと、起きたころにはなにもかも終わっている。そう信じて理沙と一緒に眠りたい。
その時、ベッドに振動を感じた。ハッと我に返り、ベッドの上の理沙に目をやる。
「理沙!」
理沙は起き上がっていた。
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