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【連載】めろん。101

公開日: : 最終更新日:2021/07/26 めろん。, ショート連載, 著作 , ,

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・破天荒 32歳 フリーライター㉖

 こんなところにいてほしくはないが、広志がいるとするならここしかない。

 いてほしくはないが、いてくれなくては困る。

 相反する気持ちの葛藤に揺られながら、それらを決める余裕すら与えられないままに自動ドアの前に立った。

「あー……中の者たちに気づかれずに入店することは無理です。スーパーに入るには正面玄関以外にない」

「お客様が来たってことだけは伝わっちゃうのね」

 肚は据わっている。はなっからバレないように潜入……というのは期待していない。いや、すこししていたけど。

「えー……いいですか、パニックになってもどこに出口があるかということだけは忘れないでください」

 そういって弘原海はバックヤードのドアを指差した。

「うん」

「じゃー……中に入りますよ」

 ふたりで一緒に一歩前に出る。ヴン、と静かに音を立てドアは開いた。唾を呑み込み、店の中へ踏み出す……来店を報せるジングルが店内に響いた。

 心臓が止まりそうになる。落ち着け、と自分に言い聞かせながら店内を注意深く見渡した。出てくる人影はない。

 すぐ後ろでドアが閉まる気配がする。もう後戻りはできない。

「はー……ついにやってしまいました。私も年貢の納め時ですねえ」

「や、やめてよ! 入って一秒で弱音吐くの」

「なにを仰います。覚悟を決めたってことですよ」

 ははは、と弘原海はいつもと変わらない様子で笑った。こんな状況でも相変わらず緊張感のない男だ。いや、私なんかよりとうの昔に覚悟を決めきっているからなのかもしれない。

「私も覚悟は決まってる」

 自分に対する宣言でもあった。もしかしたら死ぬかもしれない、というのは出るまでは考えない。今は、広志の手がかりをつかむことに専念せねば。

 檸檬と理沙にもきっと会える。ここで突破口を見いだせれば、必ず。

 店内は静まり返っていた。有線や店内のBGMもない。ただ〝しん〟、という擬音が宙に浮いていそうな滑稽な静寂だった。

 それゆえに歩く足音すら必要以上に目立ってしまいそうで、自然と忍び足になる。それは弘原海も同じだった。

「えー……それでは速やかに綾田さんを捜しましょう。いない、とわかればすぐに出ます。いいですね」

 黙ってうなずく。それを確認して弘原海は続けた。

「危うい状況に陥った時、自分が逃げることを優先してください。私のことは考えないでください」

 それにはうなずけなかった。

「それって……もしも弘原海さんだったら同じことするの」

「私は警察官ですよ。訓練を受けています、あなたひとり助けることなど造作もないこどです」

「自分を見捨てろっていうんなら私のことも見捨てて。そもそも私に付き合ってくれてるんだし……」

「言いっこなしです。とにかく、危機的状況には逃げることが最優先。他人に構わないでください。無駄にふたりとも死ぬ必要はないんですから」

 そうだけど……と言いかけたところで制された。

「えー……時間が惜しいので、早く終わらせましょう。もしも綾田さんを見つけたなら手を二度叩いてください。飛んでいきます。私も同じようにしますので」

「……わかった」

「くれぐれも叫ばないように。余計なものまで呼んでしまいますので」

 叫ばず手を叩け。

 なるほど、叫べばその位置を悟られるし声の大きさで気づいていないものまで呼び寄せてしまう。だが手を叩くだけならばそれを聞いた私か弘原海は相棒になにかがあったことだけがわかる。瞬間的に消える破裂音だから、位置も悟られにくい。

 そのかわり聞き逃さないように気を張っておかなければならないが。そういう意味では静かな店内は都合がよかった。

「それにしても……本当に誰かいるの、ここ」

「あー……油断は大敵です。誰もいないように思えますが、見えないところに必ずいます。我々は彼らの近親者ではないので今のところ関心がないのでしょう。仮にあそこ(バックヤード)から誰かが出てきて目が合ったとしても急に襲い掛かってきたりはしないはずです。危険なのは近寄って、食欲を刺激してしまうこと。彼らが『誰でもいい』と思ってしまうと非常に危ない」

 そう説明すると弘原海は私の意思を確認し、左を指差した。自分は右側を調べると言った。うなずき合い、散開する。

 果物の鮮やかな色合いが陳列台に並ぶのを脇目に、まずは店内を見て回ることにした。おそらく弘原海も考えはおなじはず。左側の奥にはバックヤードへの扉があり、弘原海がいる左側にもバックヤードへつながる扉がある。

 外観と店内のぱっと見の印象だけだと街のスーパーマーケットと遜色ないと思ったが、実際中に入ってみるとと思った以上に質素な店内だった。まずレジがない。

 買うわけではないからそうなっていることにすぐ納得はしたものの、あるべきものがないのはやはり不自然な感じがした。それに生鮮食品がすくない。

 肉類や魚介類が最低限のものしか並んでいなかった。ほとんどが常温品、缶詰や乾物、調味料など……傷みの早いものは極力置かない意向なのが伝わってくる。

 その割には野菜や果物といった青果は充実していて、なにが狙いなのかわからなかった。

 思っていたより中を探索するのに時間はかからなさそうだ。それだけにバックヤードの奥に行くことが怖ろしかった。

めろん。102へつづく

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