【連載】めろん。102
・破天荒 32歳 フリーライター㉗
なんでもないスーパー……だが、注意深く観察すると異様……。
わかっていたはずだがわかっていなかった。暖色の光で明るい店内がピエロの間抜けな笑顔のように思えて恐ろしかった。
ピエロは顔のペイントで本来の表情はわからず、常に笑っているように見える。どれだけ真顔をしていても笑った顔のペイントでごまかされてしまうのだ。だから子供は近づくし、遊んでもらえると思う。
ジョン・ウェイン・ゲイシーは33人もの少年を殺した連続殺人犯だ。彼はピエロの仮装をして子供たちに風船を配ったりしていたため、ついた異名は『殺人ピエロ』。風船を配りながらピエロのスマイルの下から殺す子供を選別していたのだ。
人は見た目じゃわからない、それは人だけに言えることではない。印象とは違うことなど百じゃ利かないのだ。
つまりこのスーパーは殺人ピエロ。明るい店内の奥に、人喰いの悪者たちがいる。
――もしも広志がここにきたとしてももう手遅れじゃないの……
慌てて頭を振った。そんな思いがよぎったことに自分で驚く。
なにを考えているのだ。そんなことがあるわけがない、そんなこと……考えてはいけないのだ。世界中で私だけは、私ひとりだけは。
一応、念のためということで店内から捜したが案の定手がかりすらなかった。やはりバックヤードの中に入らなければならない。
バックヤードの扉のそば、陳列棚の物陰に息を潜めながら反対側にあるもうひとつの扉を見やった。弘原海がいる。
私と目が合うと一度、しっかりとうなずいた。それに応えてこちらもうなずきで返す。
動いたのはふたりともほぼ同時だった。
開閉の際の騒音を抑えるため、バックヤードへの扉は軽い。指で押すだけでスッと音もなく開いた。音を立てないよう細心の中を払って私は奥へと進んだ。
明るい店内とは違い、バックヤードは足を一歩踏み入れただけで空気が変わるほどに薄暗い。ほぼ無臭だった店内からむわん、とする生鮮臭がする。
普段嗅ぎ慣れていないため、臭さで顔が歪む。
フードトレイや備品が保管されている無骨な金属製の棚が道幅を狭くしている。それほど往来がないからなのか、スーパーの通用路としては狭い。台車がぎりぎり一台通れるくらいの幅しかない。
入ってすぐ横に鮮魚の調理場があった。内部は暗く、人がいないことが窺える。
一旦、止まって唾を呑み込んでから深呼吸をした。そうして小さく気合を入れてさらに奥へと進んだ。
鮮魚部の奥には総菜部の調理場がある。だがこちらも電気は点いておらず暗い。人がいないことを確認し、ゆっくりと突き当りまで進んだ。
突き当りには男女ひとつずつトイレがあり、どちらも電気は点いていない。だが角になっているその先はなにかの作業台があり、奥まで見通しのいい空間だった。
ドアと窓が備え付けられた一画があり、おそらく事務所の役割をする部屋のようだ。
作業台がある場所は奥まっていて、ここからは死角がある。一見、誰もいないように思えるがその死角にもしも誰かがいたなら……。
だが店内からの扉から人が入ってくれば丸見えだ。いまさら及び腰になっている余裕はない。警戒は怠らず、だけど俊敏に中を調べて次へ行かなければならなかった。広志を見つける前に見つかるわけにはいかない。
息を呑む。静けさに心臓が張り裂けそうだ。無意識に息を止めていることに気づき、口元を押えてゆっくり息を吐いた。
店内の明るい雰囲気とは違い、コンクリがむき出しのバックヤードは飾り気がない。むしろ薄暗くひんやりしているぶん、不安を煽った。
死角に人がいないか注意しながらおそるおそる作業台の角を覗き込んだ。パソコンが一台あるのみで、誰もいない。
「……ふぅ」
思わず安堵の溜め息が漏れる。ひとまず攻略……というところか。
振り返って反対側を見るとドアがあり、『静かに開け閉めするように』と注意書きの貼り紙がしてある。おそらく、これが弘原海が言っていた裏口だろう。ここを開ければ外に出られる……たぶん
いや、待て。
ふと逆側に目をやるともうひとつ扉がある。こちらには貼り紙はないが、どちらも裏口ということはあり得ないはずだ。
どうする? どちらが裏口が確かめておくべきか?
ここでそれを確かめるというのは危険な行為だ。なぜならドアの向こうを確かめている間、完全に無防備だしここはどこからも見渡しが利く。離れたとこからも角度によっては姿を認めることができるだろう。
だが一方で窮地に陥った際、扉を間違ったならどうだろう。それが道具置き場だったり、倉庫のような密室だった場合、完全に詰む。それに自然に考えれば貼り紙のドアが外につながっている可能性のほうが濃厚だ。わざわざ注意書きを貼るくらいなのだから、開けっ放しだと困る理由があるに違いない。
……でもこれって結局推測だ。
推測はどこまで行っても推測、ピンチの時に推測に頼ってもしも違ったら、それこそ袋のネズミだ。
ここでどちらか確認しておかない、という選択肢はないと思った。
誰かがくれば確実に見つかる。隠れようがない。心臓はさらに烈しく打ち、じっとしていても胸が苦しくなった。
まず貼り紙がしてあるほうのノブに手をかけた。これで外の景色を拝めたならこれ以上調べる必要はない。
祈る気持ちでドアを開けた。
ドアの向こうは外ではなかった。
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