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【連載】めろん。1

公開日: : 最終更新日:2019/07/23 めろん。, 著作 , , , ,

■めろんたべますか

・綾田広志 38歳 刑事①

 本当なんですか、あの噂って――

 現場に向かうパトカーの車内で三小杉(みこすぎ)が恐る恐る訊いてきた。

 つい一週間前に一課に配属されたばかりの新米刑事の三小杉にとって、その現場は過酷なものになるだろうことは分かっている。もう少し若い頃ならば、そんなフレッシュな若者をいじめてやる気にもなっただろうが、今の俺にはそんな気は起らない。

「本当だよ」

 結果、事実だけを端的に述べるにとどまった。長年の刑事生活で身に付いたのは簡潔でかつ伝わりやすい言葉選び。俺の場合は長くするよりも短くするほうが得意らしい。

 普段の会話は無駄を省くために省略するくせ、時間を稼ぐために会話を長引かせることもある。どちらにせよ相手には好かれない因果な商売だ。

「そうですか……」

 言葉尻を掠れさせ、溜め息とともに三小杉は渋い顔でうつむく。

 こいつなりにイメージトレーニングをして現場に挑むのだろう。三小杉を一瞥し、窓から景色を眺めた。日常が流れている。誰にとっても普段となんら変わらない日常。

 幼児から老人、犬や鳥。男も女も、街の日常に溶け込み、憂鬱な俺たちに気づきもしない。日常が恋しい。俺たちは今、日常からかけ離れた場所へ向かっている。

 到着した先は閑静な住宅街にある、ごく平凡な一戸建て家屋。いわゆる夢のマイホームだ。周りには似たシルエットの家が立ち並び、一軒一軒の個性を殺し合っている。その中で黄色い規制線に囲まれ、警察が出入りしているこの家だけが異彩を放っている。

「綾田さん」

 規制線をくぐったところで先に臨場していた高橋に呼ばれた。

「あれか」

「ええ。あれです」

 ふたりの中で交わす『あれ』という隠語で、事態の深刻さを察した三小杉の顔に皺が寄る。怖気づいたのか規制線をくぐろうとしない。

「切り替えろ三小杉。刑事生活が長くたってな、こんな異常な現場を拝めるなんてそうそうあることじゃない。ツイてるんだよお前は」

 よかったな、と肩を叩き規制線の内側に招き入れると三小杉は恨めしそうに睨んだ。

 溜め息を噛み殺して、開放したままの玄関に立った。

「わかりますか」

 先導した高橋が立ち止まった俺を見て感づいた。

「ああ。入らなくてもわかるよ。人間じゃない」

 シューズカバーを履き三和土を上がる。鉄錆の臭いが細い針で鼻腔の奥を刺した。

 捜査一課に長く籍を置くと厭でも鼻は敏感になる。特に血の流れた現場では。

 三小杉が戸惑いながら俺に倣って中に上がる。こいつにはまだ血の臭いがわからないのだ。

「ホシは?」

「工藤大毅。54歳。都内で酒のディスカウントショップを営んでいて、家族は妻と義理の母親。子供はいません」

 廊下を進みながら手袋を装着し、リビングに入る。一層、血の臭いが濃くなった。

 死体はない。容疑者の工藤大毅はすでに連行された後だ。それなのに血の臭いだけが残った、一見なんの変哲もない部屋。だがそれこそが異常な証拠だ。

「ホトケはどこだ」

「それが骨しか見つかっていません」

「白骨化していたってことですか」

 今まで黙りこくっていた三小杉が口を挟む。

「わからないのか?」

「へっ?」

「ディナー後だってことだ」

 みるみる三小杉の顔が青ざめてゆく。小さな声で、そんな、とか、まさか、とか呟いている。あくまでこれが現実だと認めたくないのだろう。

「それで、頭は」

「はい。案の定、見つかっていません」

「冷蔵庫は」

「これからです」

「冷蔵庫?」

 三小杉が青白い顔のまま目を丸くした。そうだった。こいつは一連の事件のことを「噂」程度にしかしらない。だったら、幸運なのはここまでなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は冷蔵庫のドアに手をかけた。

「冷蔵庫になにが……」

「三小杉」

 喋っている声に被せるようにして名を呼ぶと、三小杉は素っ頓狂な声では、はいっ、と返事をした。

「吐くなよ」

 俺の言葉で反射的に口を押えた。それを認め、ドアを開ける。

 ひんやりとした冷気が漏れ、ゆるりと頬を撫でた。

 庫内にはふたまとめになったウインナーの袋と、柴漬けのパック、豆腐、チーズ、鮭フレーク、それに――真っ青な人の頭がどんと中央に居座っていた。

「うわあっ!」

 三小杉が上げた大声に、現場にいる鑑識課員や刑事の方が震える。

 短い怒号とともに高橋が三小杉の頭を小突くと部屋から追い出した。

「綾田さん……」

「聞くまでもないが、ホトケだな?」

 高橋がうなずく。冷えた血の臭いが俺たちをあざ笑っているかのように鼻先をかすめてゆく。物言わぬ人間の頭部は、憐れな姿になってから随分と時間が経っているようで、真っ青な肌の色はすでに人間とはいえない色だった。

 おそらく家庭用の庖丁で切ったのだろう。デコボコで乱暴な切断面から覗く抉れた肉は、赤黒く変色し血液は凝固していた。

 冷蔵庫にすっぽりと収まったその光景は、まるで小さな棺桶だ。冷えているから日持ちはするだろうが、それでは死者があまりに不憫に思える。

「橋本登紀子……。ホシの義理の母親です」

「娘の旦那に食われるとは思ってもなかっただろうな」

 そう言いつつ、ホトケに手を合わせる。俺を悩ませていたのは、この事件だけじゃない。同様の事件がいくつも起きていたことにあった。

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  1. […] そんなに小説読みたくないかよ! […]

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