【連載】めろん。40
・破天荒 32歳 フリーライター⑨
ふたりは星野檸檬と理沙という姉妹だった。
どういうわけか靴も履いておらず、妹の理沙に限っては嘔吐物が服についたままで近寄るだけで悪臭がした。
それにふたりの靴下にはべったりと赤いシミが付着している。
「完全に事件じゃん……」
とはいえ、このまま放っておくわけにもいかない。
近くのショップで簡単な着替えと靴を買い、着替えさせた。そうしないと周囲の目に晒され、食事どころではなくなってしまう。
当然、先に警察に連絡しなくてはという思考も働いた。が、今警察に引き渡すと彼女たちはお腹をすかせたまま、汚れた服と裸足同然の足で数時間は過ごさなければならないかもしれない。
それは子供にとってあまりにも過酷だ。私の考えすぎかもしれない。案外、警察のほうが快適で待遇もいいかもしれない。
わかっていた。私は今、ギロチンやウェンディゴ、めろんのことで気が滅入っている。
少しでも気分転換がしてくて、この幼い姉妹を利用したのだ。
我ながら情けないが、独善的であろうが悪いことはしていない。少しくらい、自己満足に浸らせてほしかった。
「おいしい! おいしい!」
立ち寄ったファミリーレストランで理沙は旺盛な食欲を見せた。ご所望のハンバーグにがっつきながら、幸せそうに頬張っている。
さっきまであれほど泣いていたのに、子供はやはり現金だ。
「こら理沙! せっかく買ってもらった服が汚れるよ!」
姉の檸檬はしっかりとした面倒見のいい性格をしていた。普段から暴走しがちな理沙を諫める役割なのが見えるようだ。
「いいのよ。高い服じゃないし」
「でも下品だから……」
下品、だって。思わず笑みがこぼれた。天真爛漫な妹にこの姉有り、とでもいおうか。
「お姉ちゃんは食べないの?」
テーブルを見ると理沙とは対照的に檸檬が注文したパスタはほとんど手が付けられていない。
最初から遠慮がちだったし、お腹も減っていないと言っていたところを無理に注文させたから不思議ではなかったが――
「食べます! ごめんなさい、理沙が気になって……」
「残したっていいから食べられるだけ食べな? ずっと食べてないんでしょ」
聞いたわけではないがふたりの見てくれでそう思った。
げっそりとこけた頬、真っ白い顔。最初見た時は病人かと思った。
理沙はハンバーグにありついたおかげで血色をとりもどしたようだが、檸檬はまだ顔色が悪い。
「ずっとってわけじゃないけど……色々あって」
色々あったことはまだ聞くべきじゃないだろう。少なくとも食事が終わるまでは。ただ事ではない出来事があったのは想像できる。
しかしそれは密接に彼女たちの親が関係していることは容易に想像がつく。それを聞きだすのはやはり私の役割ではないような気がした。
「ごちそうさまでした!」
口の周りをソースで汚した理沙が元気よく手を合わせた。
「お姉ちゃんまだ食べてるのーおそーい」
「うるさい!」
理沙を気にして食べるのが遅れた檸檬を揶揄う。ふたりとも少しは元気を取り戻したようで安心した。
食事が終わったら警察に連れていこう。私のボランティアはここまでだ。
だが一方でこの姉妹をこんな目に遭わせたであろう親の元にまた返すことに不安も感じる。もっとひどい目に遭わないだろうか。
考えを振り払うように頭を振る。余計なことを考えないようにしなければ、いよいよ感情移入してしまいそうだ。
しっかり警察には事情を説明して、最大限にふたりを守ってもらわなければ。
――とか、事情も知らない癖にお節介なんだから。
自分で自分を笑った。
「ごちそうさまでした」
なんだかんだで檸檬もパスタの皿を綺麗にした。
「ケーキ食べたい!」
「理沙、調子に乗らない!」
まるで漫才だ。見ているだけで和む。
「いいよいいよ。好きなの食べて」
「でも……」
「心配しないで。私は大人だから、お金はたくさん持ってるの」
そりゃ子供に比べて、という話だけど。
檸檬は何度も遠慮がちにこちらを見つめた。その様子を見るのも楽しいが、キリがないのでウェイトレスを呼んだ。
「デザートのメニューください」
すぐにウェイトレスが期間限定デザートがでかでかと載ったメニューを持ってきた。
「どうぞ」
わあー、と理沙は嬉しそうに声を上げ、メニューを独占する。檸檬はまだ遠慮がちにしていたが、微かに表情は明るい。
「……理沙?」
ふと檸檬が理沙を呼びかけた。
理沙に目をやるとたった今までデザートメニューにはしゃいでいたはずなのに固まったまま動かない。
いや、動かないのではない。よく見るとメニューを持つ手が小刻みに震えている。
気づけば檸檬もメニューを見て固まっていた。
「どうしたの?」
ふたりの異変が気になり、メニューを覗き込んだ。
【メロンフェア! 甘くておいしい産直メロンを召し上がれ】という見出しとともに、メロンをふんだんに使用したパフェやパンケーキなどの写真が大きく扱われている。
「メロン……」
厭な響きだ。できればもう聞きたくないし見たくもない。だがそうもいかないと仕事が告げている。こんなところでもメロンを意識するとは重症だな、と自分でも思った。
それよりもなぜふたりは固まっているのか。
「あの……お客様」
ウェイトレスが言いづらそうに声をかけた。
「はい?」
「その、なにかこぼされているようですが」
なにを言っているのかわからず、床を覗き込んだ。
透明な液体がテーブルの下に広がっている。
慌ててテーブルを見るがコップが倒れていたりはしていない。
正体はなにかとテーブルの下を覗き込んで、私は息を呑んだ。
理沙は失禁していた。
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