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【連載】めろん。108

公開日: : 最終更新日:2021/09/28 めろん。, ショート連載, 著作 , , ,

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・破天荒 32歳 フリーライター㉛

 スーパーから逃げだして、私は目的を見失ってしまった。

 広志はあそこにはいなかった。いや、いなかったと思う……それも今となってはわからない。なにしろ私は逃げだしたのだ。

 弘原海をひとり置いて、自分だけ――。

 罪悪感が私の身体を蝕んだ。助けられたんじゃないのか。あの時、必死で抗えば今頃ふたりで店を出ていたのではないか。

 一方で弘原海は自らの意思で残ったという事実があった。めろんを発症した妻に殺されるため……いや、食われて死ぬために私を出汁にしてスーパーに行った。

 そうは言ったがそれを鵜呑みにしてよかったのか。広志と再会した時、私は彼の顔を真っすぐに見られるだろうか。私の顔は、変わり果ててはいないだろうか。

 頭の中でぐるぐると思いが回る。ひとつのことをじっくり考えることは不可能だった。なぜなら私はまた、ひとりきりになってしまったのだ。落ち着くことなど、できるはずもない。

 戻ったほうがいい。

 ふとよぎった。あんな危ない場所に戻るなんてどうかしている、という考えよりも広志も見つかっていないし今なら弘原海は生きているかもしれない……という楽観的ともとれる希望を信じたかった。

 そうだ、戻って手早く広志を見つけ出してから一緒に弘原海を助ければいい。

 目的を失くした私はふらふらと来た道を戻りはじめた。いまさらスーパーに戻ったところで、たったひとりで再び中に足を踏み入れることなんて怖くてできるはずがない。

 わかっていたはずなのに、足取りはスーパーを目指した。もしかすると命からがら逃げた弘原海が店先で倒れていることだってあり得るかもしれない。

 もしくは広志が弘原海の連れ出し、足を引きずって歩いているかも。

 そのすべてが都合のいい妄想だと頭の隅ではわかっていながら、スーパーへと近づいていく。しばらくして店の光が見えてきたところで膝が笑った。

 脳裏によみがえる恐怖の記憶。数日も前ではない、ついさっきのことだ。

 震える足を拳で叩きながらそばまでやってくると裏口のドアは開いたままだった。さっき飛び出してきたからそのままらしい。

 ――ということは、まだ中にあいつらはいるんだ。

 あいつら……つまりめろん発症者のふたり。いや、もしも弘原海が食われたとするならばひとりだ。待て、弘原海を勝手に殺してはいけない。私は弘原海を――

 などと考えたがあれからおそらく数十分は経っている。弘原海がここから脱出した以外に留まっている理由はない。やはり弘原海はもう手遅れだろうか。それとも命からがら逃れ、店内のどこかに隠れてやり過ごそうとしているのだろうか。

 どれとも取れない。それ依然に私の胸の中は絶望で溢れている。ここまで来てみたはいいが弘原海が生きているはずがないし、広志もおそらくここにはいない。

 檸檬も理沙もどこかわからないし坂口も死んだ。いや、檸檬たちは家と一緒に焼け死んだのだ。

 つまり、残されたのは自分ひとりだけ。

 たったひとりでこの場所から逃げだすことができるだろうか。そんなもの、考えなくともわかる。無理だ。

 そこまで思って腑に落ちた。

 どうしてあれこれと言い訳をしながらこんなところに戻ってきてしまったのか。

「私は……死にたかったんだ……」

 たったひとり、こんな食人病だらけの場所に取り残された。一緒にいた心強い仲間はみんな死んでしまったのだ。

 自分でもなんだかんだと理由をつけてスーパーに戻ってきたことが不思議だった。おそろしかったはずなのに、これは明らかに自らの意思だ。つまり、自らの意思で死ににきた。

「そっかぁ……そうだったのか……」

 涙が溢れてきた。

 守れなかったもの、目の前で死んだもの、別れさえ言えなかったひと――。

「痛いのはやだな……」

 自らが食われる妄想をして怯んだ。死ぬと決めたくせに楽に死のうとしている自分が厭になった。だが厭なものは厭だ。

 食われて死ぬなど、もっとも忌避すべき死に方だと思った。

 ふと思い出し銃を取り出す。冷たく重い鉛の塊。やはり坂口のメッセージは、これで死ねということだったのか。

 その時だった。

 開け放しの裏口の明かりに陰りが差した。

「■■■!」

 その声は、夢に見るほど求めた懐かしく愛しいものだった。

 顔を上げるとそこには逞しいシルエットと見慣れた顔。私が好きなタイプの醤油顔。どれだけ嫌おうとしても、結局好みがドストライクなので嫌うことができなかった。

 そして彼の声はそんな私の感性すらも刺激する。完ぺきとは言えないが、未完成だからこその色気が彼にはあった。

「ああ……広志、生きてたんだね」

 涙がこぼれる。これは悲しみからではない。覚悟をして心が楽になった涙だった。

 そう、涙の正体は…………絶望だ。

 一発の銃声が夜空に響いた。余韻を引き反響するそれを聞きながらもう一発の銃声が私の意識を消し飛ばす。

 一緒に死ねて、嬉しいよ広志。

 檸檬、理沙、ごめんね。そっちで埋め合わせするから許して。

めろん。109へつづく

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