*

【連載】めろん。11

公開日: : 最終更新日:2019/05/07 めろん。, ショート連載, 著作 , , ,

めろん。10はこちら

・木下 英寿 19歳 大学生②

『あら~それは困ったわね』

 事情を話すと電話口の母は深刻な声音を吐いた。帰ってきてほしいと懇願したが今日だけは無理だと断られ、二重に肩を落とす。

「どうすればいいんだよ。放っておくわけにはいかないだろ」

『あったりまえじゃない! そんなことしたらあんた親子の縁切るからね』

「しないって言ってるだろ! ねぇ~そんなことよりさぁ、どうすればいいのか教えてよ」

 電話口の向こうで母は唸った。ぼくはうずくまったままの少女の様子をチラチラと見ながら、ナイスアイディアを待つ。

 人が通ってほしい気もするが、変質者などと誤解されることを考えると誰もやってこないほうがいい気もする。

「やっぱり警察に行くのがいいかな」

 辛抱できずに提案してみると母はさらに大きな声音で唸った。

『同じ団地の中でのことだからねー。本人が帰りたくないって言っている以上、言いたくないけど虐待の可能性だってあるわけでしょ』

 母の言葉を受けて少女の足元を見る。痛々しい血の色が虐待という言葉に真実味を帯びさせた。

『警察を呼んで解決するならねぇ。呼んだことで余計に事態が悪化するのが一番最悪だし……そうだ』

「なに?」

 母の「そうだ」という言葉に期待した。

『とりあえずいっぺん家に連れて帰りなさい』

「はあ? そんなの絶対だめだって! それこそ言い逃れできなくなっちゃうだろ」

『だから、私が帰るまでの間だけよ。私が帰ったら、一緒に家に行ってあげるなりできるでしょ。あんたができることはそれしかないんだから、言う通りにしなさい』

 でも……と食い下がろうとするのを母は制し、仕事があるからと慌ただしく切った。

 無音のスマホを耳にあてたまま、ぼくは少女を見て立ち尽くした。

 少女は玉井 茉菜と名乗った。知っているかと思ったが聞き覚えはなく、そういえば30棟以上はあるのだから知っていなくとも当然かと納得した。

 茉菜は裸足で怪我をしていたから歩かせるわけにもいかず、ぼくは自分の家まで背負って帰った。

 途中でやっと何人かの住民とすれ違ったが、この姿では逆にこそこそとしてしまう。さっきまでとはまるで逆だ。

「ここがぼくの家だよ」

「茉菜の家と似てる!」

 そりゃそうだ。同じ団地なので、多少の違いはあれどほぼ同じ間取りのはずである。

 茉菜の足を洗い、台所の椅子に座らせた。シャワーで足を痛がったが茉菜は泣かなかった。見た目より辛抱強い子供なのかもしれないと思った。

 救急箱を取り応急処置を施そうと足を見て、思わず目を細めてしまった。

「これは……痛かったね」

「すっごく痛かった」

 親指の爪が半分、めくれている。触っただけで痛いらしく、消毒液のボトルを見て茉菜は涙目になった。

「やめとく?」

「ううん。我慢する」

 度胸があるな。ぼくなら絶対厭だとごねる自信がある。痛いのと怖いのはごめんだ。

 ほろほろと涙をこぼしながらも固く目をつむり、唇を噛んで我慢をしている茉菜を前にちょっと自分が情けなくなった。

「はい、もういいよ。急ごしらえだけど、とりあえずこれでばい菌とかは入らないはず」

 ガーゼに包帯と、少々大仰と思いつつも念のため手厚くしておいた。大は小を兼ねると言うし、問題はないだろう。

 とにかく歩く時は慎重に歩くのと、暴れたりしないことを念押しした。

 時刻は20時になろうとしている頃だ。知らない小学生の女の子を家に入れただけでなく、こんな夜にふたりきりだなんて、完全に逮捕される案件ではないだろうか。

 そんなばかな、と絶対捕まる、という対極的な主張がぼくの中で葛藤している。とにかく一刻も早く母に帰ってきてほしい。

 ――あと1時間は帰ってこないよな……。

 母が残業をする時は決まって21時ごろに帰宅する。今回も多分に漏れずそうなるのは目に見えていた。だが今のぼくにはたった1時間が途方もなく長く感じる。

「テレビ見る?」

 茉菜がうなずいたのでテレビを点け、好きなのを見ていいとリモコンを渡す。とにかく触らぬ神に祟りなしだ。暇しないようご機嫌を取りつつ距離を置こう。絡んでもろくなことはないに決まっている。

 お菓子がないかと冷蔵庫を見るとプリンがあった。なにを隠そうプリンはぼくの大好物だ。しかも一個しかない。

「プリンとか……食べる?」

「食べる!」

 ああ、そうですか……。

 自分で聞いておきながら断られることを期待してしまった。子供相手に忖度を望んでも無意味なのに。

 ならばわざわざ訊かなくてもよさそうなものだが、今家にあるお菓子らしいものはこれしかないのだから仕方がない。

 泣く泣く、スプーンを添えて茉菜に渡してやる。

「ありがとう! いただきまーす」

 景気よく蓋をめくり、スプーンですくったプリンを口に入れる。するとなぜかゆっくりと表情が曇った。

「あれ? おいしくなかった?」

 それとも期限が切れていたのかと剥がした蓋を見るが、賞味期限にはまだ余裕がある。

「ううん。そうじゃないけど」

 浮かない顔でふたくちめを食べると、小さな声でごちそうさまとつぶやいた。

 カップのプリンはまだ8割方残っている。勿体ないので食べてやろうかと思ったが、いくらなんでもそれはだめだと思い留まり、中身を三角コーナーに空けた。

「ごめんなさい。せっかくくれたのに」

「いや、大丈夫……また買うし」

 そういう問題じゃない、と言ってすぐに思ったが訂正する空気ではなかった。

 早く帰ってきてよ……母さん。

めろん。12へつづく

スポンサードリンク



関連記事

【連載】めろん。72

めろん。71はこちら ・破天荒 32歳 フリーライター⑭  広志が研究

記事を読む

【連載】めろん。75

めろん。74はこちら ・破天荒 32歳 フリーライター⑰  ギロチンの

記事を読む

ゲームのバグ / ホラー小説

    ■エミュレーター    

記事を読む

マウス / ホラー小説

        ■今日から小学生

記事を読む

妊婦 4 / ホラー小説

■妊娠……       ガチャガチャと莉奈宅の

記事を読む

ソープ・ら・ンド

      ■心待ちにしていたボーナス &nb

記事を読む

【夜葬】 病の章 -11-

  ー10ーはこちら     &nbs

記事を読む

ホラー小説 / ゴミ3

■ゴミ袋の中身       ホクロからのパワハ

記事を読む

ハーメルンの笛吹きオンナ2/ホラー小説  

  ←その1はこちら   ■夢遊病の足取り  

記事を読む

【連載】めろん。89

めろん。88はこちら ・綾田広志 38歳 刑事㉝  滅論。  以

記事を読む

スポンサードリンク



Message

メールアドレスが公開されることはありません。

スポンサードリンク



【連載】めろん。1

■めろんたべますか ・綾田広志 38歳 刑事①

【夜葬】 病の章 -1-

一九五四年。 この年の出来事といえば、枚挙に暇がない。二重橋で一

いよいよ発売!初の旅エッセイ『この場所、何かがおかしい』

イラストはあまのたいらさん(https://twitter.com/

怪紀行大阪・飛田新地 旅館満すみ・鯛よし百番

■クラウドファンッ ディング!! どうも

怪紀行栃木・日本最強の縁切り神社 門田稲荷

■悪縁を断ち切り、良縁を結ぶ どうも最東です。ムカつく

怪紀行愛知 栄枯盛衰悲喜交々・名楽園中村遊郭跡

■国内最大級の花街へ どうも最東です。最近ムラムラしや

怪紀行愛知・英霊たちは静かに佇む知多中之院 軍人墓地

■旅は迷う どうも最東です。みなさん、今日も迷ってます

→もっと見る

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

PAGE TOP ↑