ホラー小説 / サトシくん 2
■彼女の家
清水さんの家はコンビニから歩いて凡そ15分くらいのところにあった。
家に着くまでの間、とりとめのない話で盛り上がり距離がぐっと縮まるのを感じて、なんとも言えない幸福感を味わった僕はこの帰り道がずっと続けばいいのに、だなんてセンチメンタルなことを思う。
だがそんな楽しい時間は、あっと言う間に終わりを告げ彼女の家を目の前に彼女が去ってゆくことで終結した。
「ありがとう……じゃあ、また明日もお願いね」
勿体ない時間だったが、彼女の去り際の言葉にこれが今日限りでないことに気付き、明日が楽しみになってしまう。単純な生き物だな、僕は。
だが翌日彼女はまた休んだ。
■無断欠勤
突然の無断欠勤。おかげでバイト先では大慌てだった。
どの職場でも御法度である無断欠勤だが、普段の真面目な勤務態度から店長やほかのバイトメンバーたちは清水さんをしきりに心配したが電話にも出ない始末だ。
当然、その中で一番彼女を心配したのは僕であったことは言うまでもない。
「佐々木君、悪いけど様子を見てきてくれないか」
店長の申し訳なさそうな顔と店長に言われなくても行くつもりだった僕との目的は一致していたので断る理由はない。
店長も含め他の人達はどう思っているのかは知らないが、僕の脳裏には彼氏から受けているであろうDVのことがまとわりついてはなれなかった。
バイトが終わった僕は彼女に家に急いだ。
僕は昨日の晩、彼女が部屋に帰るまでを見送っていことを我ながらでかしたと思った。
こんなことで尋ねるのは本意ではなかったが、こうやって迷うことなく彼女を尋ねることが出来るのだから。
でも……彼氏が出てきたらどうする?
喧嘩は自信ないし、だからといって放っておくわけにも……。
そうだ。もしも彼氏が出てくるようなら警察に通報すればいい。顔を腫らした彼女を見れば警察も男を拘束するだろう。
僕は心の中で「よし」と気合をいれると、遠目から見ても電気がついているのがわかるその部屋を目指した。
■彼氏
清水さんの家は、白い二階建てのハイツの2階にあった。下の階に住む住民は子供がいるらしく階段の周りは小さな自転車や使い古された玩具が雑に散らばっていた。
それらを横目で流し見しつつ清水さんの家の玄関前に立つ。
ドアの横に備え付けられたインターホンを押す瞬間、鼓動がこれまでの人生で一番高鳴るのがわかった。この先の展開が予想できないからだ。
ピンポン
想像通りの音を室内に鳴り、ドアを通してそれは籠ったように聞こえる。僕はただドアが開くのを待つ。
「はい……」
15秒ほどでドアが開き、中から清水さんが顔を覗かせた。
「あ、清水さん……! 佐々木です」
こんなにも普通にすぐ本人が現れると思っていなかった僕は、焦って少し大きな声になってしまった。
「清水君……! ご、ごめんなさい……その勝手にバイト……」
ドアで半分顔の隠れた清水さんは申し訳なさそうに俯き加減で言葉の最後を濁す。
「いや、いいんです。それより大丈夫なんですか? なにかあったんですか?!」
「ううん……ちょっと体調が悪くて、さっき起きちゃったから……電話出来なくて……」
そう話しながらも清水さんは顔を半分隠したまま出てこようとしない。直感的に僕はそれに気付き、思い切って清水さんがそろりと開けたドアを引き彼女の顔を確かめた。
「あ!」
「……!? その傷……」
想像よりもひどかった。彼女の額はかたまったばかりでルビーのような透明感を持ったおおきなかさぶたと、ぷっくりと大きく腫れた頬。そして内出血しているのか、真っ赤に充血している片目。
あのカワイイ彼女の顔がこんなに酷いことになるなんて……。
「今、一人なんですか」
僕は奥を覗き込み人の気配がないことを悟った。彼女は渋々と言った様子で小さく頷く。
「今、彼氏はパチンコに行ってて……」
「逃げましょう! このままじゃ清水さんが死んでしまう!」
「え、そんな……捕まったら殺されちゃう」
捕まったら殺される。その言葉で僕は彼女が恋人に対して愛情よりも恐怖が勝っているのだと確信した。それならば一刻も早くここを離れるべきだ。
「僕がついてます! 一緒に警察に行って相談するんです。僕もついていきますから!」
強引に手を掴み彼女を外に連れ出した。
清水さんは少し戸惑いながらも強く拒否することなかった。やっぱり、誰かに助けてもらうのを待っていたんだ。
「行きましょう!」
「う、うん……でも、本当に大丈夫かな……」
「大丈夫ですよ!」
僕は初めて繋ぐ彼女の手の感触を噛み締めながら駅へと走った。
出来るだけ遠くの場所の方が好ましいと思ったからだ。近所の警察に駆け込んでもしどこかで鉢合わせたらと思うと、いくつか離れた場所の警察のほうがいいと判断したのだ。
僕は通っている大学のある駅で降りた。
僕の町からは6つほど離れた場所だが、僕が地元の次に知っている地域なのでここが最善であると考えたからだ。
「ねぇ、佐々木君。この駅って……」
「ああ、僕の大学がある場所です。ちょっと遠いけどここなら安心だと思って」
電車を降り、ホームに掲げられた駅名を見詰めながら清水さんは「そうじゃなくて」と言い、「快速電車は止まるのかな」と聞いた。
なぜそんなことを聞くのか分からず僕は
「快速は止まらないですよ。普通大学や高校がある駅って止まると思うんですけどね。不便でまいってます」
と笑って答えた。
「ふぅー……ん」
「その割に通過する快速電車の本数は多いんですよね。一本くらい朝止まってくれればありがたいんですけど」
僕がそう話している矢先、ホームのアナウンスを告げるジングルが鳴った。
『まもなく快速電車が通過致します。危険ですのでホームの線内側に下がって列車が通過するのをお待ちください』
テレビでお笑い芸人がよく物真似するそのまんまの口調でアナウンスが流れると、轟音を遠くから響かせて快速列車が近づいてきた。
「ねぇ、佐々木君。私、やっぱりサトシくんのおうちに帰る」
「へ? サトシくん?」
サトシって誰だ? 僕がそう思った時目の前にいた彼女の姿が消えた。
どさっ
なんの音だ? 夜中で終電も間近のその駅にはほとんど人はいない。
だから僕が彼女を見失うことはないはずだ。
ファーーーン
耳をつんざくような電車の警笛音。なにごとかと思い迫ってくる快速電車を見ると清水さんが線路に立って両手を振っていた。
「清水さん!!」
名前を叫ぶことは出来たがどうすればいいのか分からず身体が動かない。ただ絶望的に彼女を助けるのは間に合わないということだけは全身総毛立つ感覚が僕に教えた。
「サートシくぅ~~~ん」
音はしなかった。だから一瞬なにかしらの奇跡が起こったのではと期待したが、列車が通り過ぎたあとの線路を見て奇跡など起きなかったことを思い知る。
「ひあああああ…………あああああああ~~~~」
そこから先のことは覚えてはいない。
■死後
そのことがあって僕はしばらく人と話すことが出来なかった。
好きな女の人がひき肉になる現場を見てしまった。何をしていてもそのことが頭から離れず、精神に支障をきたしたのだ。
当初警察は僕が彼女を線路に突き落としたのではと勘繰ったらしいが、ホームの監視カメラにははっきりと彼女が自分から線路に飛び降りるのが映っていたらしく、すぐにその疑いは晴れた。
「彼女を殺したのは、そう……サトシ。サトシって男です! あいつを捕まえてください!」
凄惨なあの現場を少しでも忘れるためには怒りに変換するしかなかった。怒っていればほんの一瞬あの真っ赤な線路を思い出さずに済んだからだ。
だが警察の人間は、そんな僕の言葉に対しこう答えた。
「彼女は一人暮らしだよ。部屋を調べたが誰かと暮らしていた形跡は全くない。近所の住民に聞いてもそれらしき人間はいなかった」
え? じゃあ、サトシ君って?
ではあの傷や痣はなんだったんだ? 無断欠勤は? パチンコに行ってるって言ってたぞ?
サトシ君って誰だ?
混乱する僕の脳裏にあの時の清水さんが浮かんだ。迫りくる電車に向かって両手を振っていた彼女を。
「サートシくぅ~~~ん」
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