瞬きなら良い/ホラー小説
■意味不明なジンクス
目を閉じると呪われる。
目を開けたら殺される。
こんな冗談みたいな怪談を聞いたのは、12月も上旬のことだった。
外はクリスマスを控えたムードで、目に入る電飾がいちいち煌びやかだ。
それなのに、なんでこんなにも季節外れの怪談なんぞを聞かなければならない。
「ついてないわ。ほんと」
彼氏のいない身が3年も続いた夜。2月並みの寒波が襲った寒い日だった。
すれ違うカップルたちのどれもがやけに疎ましく、視界に入る度に不快感が襲う。
――我ながら情けない。通行人にいちいち嫉妬するなんて。
情けないついでにコンビニで安いワインを買い、チーズとクラッカーもカゴに入れた。
『かーごめーかーごめー籠の中のとーりーはー』
それが気のせいだったら、良かったのに。
■聴いてはいけない歌
居酒屋で営業成績は悪い癖に、やたらと馴れ馴れしい男がいた。
なにかにつけてすぐに擦り寄り、身体を触りたがる。
気色が悪いくせに、何故か人気はあるのだ。
その男がいつも通り馴れ馴れしく私に話したのがこの怪談。
「この都市伝説は、とっても理不尽でね……」
ああ、そういえば都市伝説……って言ってたかな。
正直、私にとっては呼び方が『怪談』だろうが『都市伝説』だろうがどちらでも同じだった。
大体、この二つが一体どのように違うのかすら分からない。
「だーるーまーさーんーがーこーろーんーだー」
急に男は子供のような声で、腕で目を隠しながらだるまさんが転んだを歌う。
一体なにごとかと思って、目を移すと男は笑いながら次のように続けた。
「昔よくやったじゃん? 子供のころ、さ。ほら『だるまさんが転んだ』
案外今、子供の頃の童心に還ってやってみても面白いかもね。
あ、ごめんごめん! 話が逸れちゃった。
ともかく、夜中にひとりで歩いているとさどこからともなく「だるまさんが転んだ」って子供の声が聞こえるらしいのよ。
それが何故、どんな条件を満たせば聞こえるのか。
逆にどうすれば防げるのか、それは分かっていないらしいんだけどさぁ……。
それが聞こえたら最後……、絶対に目を閉じちゃいけないって。
話によると目を閉じてしまうと、呪いがかかってしまい次に目を開けた時に殺されるんだってさ」
幼稚でバカバカしい話だが、場にいた女子たちは耳障りな甲高い声で悲鳴をあげる。
■柱に立つ女の子
想像してみれば、状況的には確かに怖いかもしれない。
だけどそれ以上に話の内容が現実離れしすぎて逆に笑えてくる。
「けどさ、けどさー……、殺されるっていったい誰に殺されるっていうの?」
興味津々に女子の1人が男に尋ねた。男は待ってましたと言わんばかりにその問いに対しニヤリと含み笑いをした。
その表情がまたわざとらしすぎて苛立ちが募る。
「電柱とか、街路樹、公園の木……とにかく柱状のところに髪の短いやけにダサい服を着た女の子がだるまさんが転んだの格好でいるんだって。
その女の子が目を閉じている間に徐々に自分に近づいてきていて……目を開けると目の前で真っ赤な目を見開いて彫刻刀で突いてくるって!」
男が「突いてくる」と言ったと同時にドンッ! と脅かし先ほどよりも一オクターブは高い声でまた女子たちが悲鳴を上げた。
「けど目を開けなければ殺されずに済むってことだよね?」
恐る恐るながら女子の1人が尋ねると男は大きく頷き、「そうだね」と言った。
「だけど、現実的にそれっていけると思う? 一度目を閉じたら最後、一生目を開けられないんだよ。
どれだけ時間を置いてから目を開けても、必ず赤い目の女の子はすぐ前にいるらしいんだ」
きゃーきゃーという声が気持ちいいのか、男の顔が次第にイキイキとしてきた。
しかし、そのまま黙って聞いていても誰も《それ》を聞こうとしないので、耐えられず私は男に尋ねる。
「もしも、だるまさんが転んだを聞いたとして……その時に【目を閉じなければ】どうなるの」
私が口を開いたことが意外だったらしく、男は一瞬誰が喋っているのか探したようだった。
だけどもすぐに私と目が合い、再び不快に笑って言った。
「一応、呪いはかからないんじゃないかって言われてる。だけど、言われているだけで実証した人はいないけどね」
『実証した人はいないけどね』と同時に自慢げに微笑む男は、そのセリフを言ったときにはすでに私以外の女子に目を戻していた。
……なにが実証したひとはいない、よ。
散々都市伝説だか怪談だかって言っておいて、さも本当にあった話のように……。
それが怪談の醍醐味だって言ってしまえばそうなのかもしれないけど、常識的に考えれば考えるほど整合性に欠ける話だ。
「だけど、瞬きはいいらしいけどね」
その情報はいるのか? と思いながら私はウーロン茶のおかわりを注文したのだった。
■歌が違う
先ほどまでの飲み会を思い返し、やけに耳につく歌に私は固まった。
街灯の電気がぽつりぽつりと真下のアスファルトを白く照らし、蛍光灯の近くを羽虫がノイズのようにちらちらと飛んでいる。
『かーごめーかーごめかーごのなかのとりーはー……』
時刻は22時……。
こんな時間に子供が遊んでいるはずがないのに、その声はどう聞いても女の子の声だった。
あんな話を聞いたばかりだから、流石の私も少しばかり怖くなった。
だけど、すぐにこんなことくらい現実にないということもないだろうと思い直し、私は聞こえる歌を無視しながら先を急いだ。
「聞こえてるんでしょ」
女の子の言葉は、私の足を止めるには十分な重さで背中に圧し掛かった。
「歌ってるの、聞こえてるんだよね」
……心臓がいつもの何倍もの速さで脈を打つ。口から出そうなほど私は緊張していた。
「気づいてるよね? 歌が違うの」
は? なにを言っているの?! 歌?
私は女の子が一体なんのことを言っているのか理解出来ず、ただこの異常事態から早く解放され、家まで駆けたかった。
「鶴と亀がすべった……うしろの正面だぁれ?」
――目を瞑ってはいけない。
男の話したことを思い出し、私は真っ直ぐに走り出した。
目を閉じず、風でなみだを溢れさせながらとにかく走ったのだ。
家までの距離、目を見開きながら走り、マフラーは落ちた涙で湿り、夜の温度を吸って頬に当たる度冷たかった。
ドアを開け、部屋の電気をつけると私は思わず大きくため息を吐いた。
「に、逃げ切った……」
常軌を逸した出来事だったが、こうやって自宅に帰ってきてしまうとなんだか急に現実感が戻ってくる。
――さっきのはなんだったんだろう……?
だけども激しく、早く打ち付ける鼓動と、急激に戻ってきた現実感が同調することもなく、ただただその場に立ち尽くす。
『気づいてるよね、歌が違うの』
そういえばそんなことを言っていた気がする……。
なんのことだろう――……。
必死で飲み会での男の話を思い返す。
だーるーまーさーんーがーこーろーんーだー
「あっ……」
■逃げた先に待っていたソレ
閃いた私の前にたった今まで誰もいなかった廊下に、突如として昭和の小学生のような格好の女の子が現れ、私はパニックになってしまった。
「はああああっ! 助けて!」
玄関からもう一度外に出ようとノブを捻るが開かない。何度も何度もがちゃがちゃと回すのに、全く開く気配がないのだ。
「なんで……! 開いて! 開いてよ!」
動揺してガチャガチャとノブを押したり引いたりしている私の背中を、小さな手がポン、と叩いた。
「あのね、瞬きもダメなんだよ」
ガチャン! と一際大きな音でドアは開きその解放した喜びに思わず口元を緩めたその時だった。
ドアを開けた私の目の前には、赤い目をした女の子が歯を剥き出しにしてニコニコと笑い、震える私に向かって無邪気な声で言ったのだ。
「みぃつけた~」
その女の子の手に、彫刻刀が握られていたのは3回目に目を突かれた時にようやく気付いた。
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