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【連載】めろん。48

公開日: : 最終更新日:2020/04/07 めろん。, ショート連載, 著作 , , , ,

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・三小杉 心太 26歳 刑事④

 大城の家を抜け出たのはそれからすぐだ。

 僕は夜を待たずして外にでた。暗くなってからだと大城に警戒されそうだったからだ。

 身を隠し、注意を払いながら僕はすこしずつ大城の家から離れる。だがあまりのひと気のなさにこそこそしているのがバカらしくなってしまった。

 辺りを見回し、誰もいないことを確認して普通に歩く。大城の家からは充分に離れたからひとまずは大丈夫だろう。

「それにしても……一体どうなってるんだこれは」

 どこまで歩いてみても、部屋の窓から見た景色と大差はなかった。

 人がいない。不気味なほどどこにも人がいないのだ。

 どう見ても普通の住宅街、誰も歩いていないなんてあり得るのだろうか。もしかするとなにかしらの事態で厳戒態勢でも敷いているのか?

 あり得ない。事実、大城とその家族とは接触しているし大城もまた普段から外出をしている。

 だがよくよく考えてみると大城が家の外にでるのはいつも昼間だけだった。夜はずっと家にいたように思う。

 待て。

 ならば大城が僕を見つけたあの闇の説明がつかない。あれは夜の闇だ。今思えばそうとしか考えつかない。あの時、大城は夜の町をうろついていた。

 次第に警戒が解けてゆく。どこまで行っても人はいない。気配すらも感じなかった。

 僕は道の真ん中を歩いた。むしろ誰かに見つけて欲しいとさえ思った。

 一刻も早く、両間の使いの者と接触しなければ仕事は進展しない。僕は焦った。

 人っ子ひとりとして出会わないまま、しばらく行くとはじめて住宅とは違う建物に突き当たった。

 四角く角ばった色気のない建物だが煌々と放つ光でそれが店だとわかった。

 近づいて行くと、買い物かごとカートが入り口に見える。さらに奥には野菜や果物が陳列されているのが見えた。スーパーマーケットのようだ。

「でもおかしいな」

 思わずひとりごちた。

 店なのは一目瞭然だが看板がない。それどころか店の名前ですらどこにも見当たらなかった。

 気味が悪い。だが見つけてしまった以上入らないという選択肢はなかった。

 まだ暗くなったばかりだ。いわば買い物どきの時間である。

 いくらなんでもこの中には誰かはいるだろう。

 住民と会うことが目的ではないが、ここまで誰もいない中でひとりくらい人間の姿を確認したかった。そうすればすこしくらい安心できる、そう思った。

 ポスター一枚、チラシ一枚も貼っていない殺風景な店内だった。

 トマトやブロッコリーなどの色とりどりの野菜が並び、食品と日用品がひしめき合っている。外見はともかく、中は普通のスーパーだ。

 だが人がいない。

 商品は陳列されているのに、客はおろか従業員の姿すらも見当たらなかった。

 まるで人が蒸発して消えてしまったのではないかと勘繰るほど、徹底的なひと気のなさだった。

 瑞々しい野菜や、魚や肉が並ぶ店内からは、確かに生活の息遣いを感じる。それなのに肝心な人間がいないのだ。

 レジを覗いてみるが当たり前のように無人だ。というよりもレジそのものがない。

 どこで清算をするんだ。

 改めて店内を見渡す。防犯カメラがこちらを見つめていた。誰かが僕を見ているのか?

「すみません、誰かいらっしゃいますか」

 思い切って無人の店内で声を上げてみた。

 反応はない。静まり返った中で僕は急に怖ろしくなった。

 今更になって大城に従っていたほうがよかったのではないかと思い始めていた。

 むしろ今は大城ですら人恋しい。この町で生きているのは僕ひとりなのではないかとさえ思った。

「誰か、誰かいないのか!」

 正体のない不安が膨れ上がり、僕を押しつぶそうとした。

 人の姿を見ないと、誰かいないと正気を保てそうにない。

 陳列棚からバックヤードに声をかけ、反応がないので中へ入る。作業台や調理場は明らかについさっきまで使われていた形跡があった。

 それなのに人が……いない。

「なぜだ、なぜだなぜだ! なんで誰もいないんだ!」

 落ち着きを失ってしまい、バックヤードの奥へと進む。事務所や倉庫があるのに、人はいない。気が狂いそうだった。

「いらっしゃいませ」

 うわあっ、と声を上げてしまった。あまりにも唐突に、人の声がしたのだ。

 振り返ると白いユニフォームを着てマスクを装着した従業員がいた。

「いらっしゃいませ」

 今度は正面からの声。こちらは同じ従業員でも恰好が違う。エプロン姿の女だ。

「よかった……誰もいないかと思って……」

 話しかけるがニコニコしているだけで返事はしない。不気味だが人に会えたという喜びで僕はなんとも思わなかった。

「あっ、すみません僕部外者なのに……すぐでていきます。あのよかったらお店で話とか聞かせてもらえませんか」

 従業員たちはニコニコしているだけだ。

「あの……話聞いてます?」

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」

 ひとつ、声が増えた。さっきまで誰もいなかったのが嘘のように、今度はふたり従業員の姿が増える。

 だが僕はずっと背筋に寒気があった。

 確かに人はいた。だが会話が成立しない。なにを話しかけてもすべて僕の一方通行だ。

「た、たとえば店長さんとかいたら話を……」

「めろん、食べませんか」

「め、めろん? どうして急にそんな……」

 大城が言ったことが頭をよぎった。

『お前だって知っているんだろう。めろんを……』

「おいしいめろん、あるんです」

「そんな……まさか、そのめろんじゃない……ですよ、ね」

 ブルン!

 ブルルン! ギュイイイッ……!

「なんだ、なんの音だ!」

 従業員たちが道をあけると、奥からひと際太った体の大きい男がいた。白いユニフォームを着ていて、この男も従業員のようだ。

 だがそれよりもその手に持っているものが問題だった。

「そ、それで……な、なにを……」

 ギュイイイイイ!

 男はマスクをよだれでべとべとに濡らし、釣り上げた口角がはみだしていた。笑っている。

 笑う男は「めろん、召し上がりますか」と発したかと思うと、両手に持ったチェーンソーを振り上げた。

めろん。49へつづく

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