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夜のバス停 / ホラー小説

公開日: : ショート連載, ホラーについて

 

夜のバス停

 

 

■帰り道で

 

 

 

暗闇の中で私は歩き続けた。

 

 

足音だけが闇に吸い込まれ、自分が歩いている足元すら目を凝らさなければ見えない。

 

 

むしろ自分は歩いているのだろうか。

 

 

そんな疑心に駆られるけれど、腰のあたりをつねってみて痛みを感じたことに自分は生きているのだと実感する。

 

 

生きているとするのならば、私はいまどこにいるのだろう。

 

 

どこに行こうとしているのか。

 

 

髪の毛を短くしたのは一週間前。

 

 

同僚の誰もが「似合うね」「そっちのほうがいいよ」と褒めてくれた。

 

 

だけど、鏡の前で自分の姿を見るたびに思う。

 

 

それらはすべて嘘なんだろうって。

 

 

きっと誰もみんな、「前のほうがマシだったのに」「耳出すなよ気持ち悪い」って思ってるんだ。

 

 

その証拠に鏡に映る自分はこんなにも醜い。

 

 

輪郭がはっきりしたことで首の短さが際立った。

 

 

髪が軽くなったことで頭が盛り上がり、形がおかしくなった。

 

 

なによりもごまかせるものが無くなったせいで、ぼんやりしていた顔の作りが際立ってしまった。

 

 

幾度となくため息をついたけれど、鏡の前の髪が伸びることはない。

 

 

だからといって、もう一度伸ばす気にもなれなかった。

 

 

自分を、環境を、気分を変えたくて髪を切ったけれど、変わったのは確かに気持ち。

 

 

陰鬱な気分になった。

 

 

元々そういうタイプの女だ。切っていなくてもどうせなにかと理由をつけて自分の醜さを呪うのだ。

 

 

会社のトイレの洗面所。

 

 

その鏡に映った自分を思い出しながら私は暗闇で笑った。

 

 

短く小さな笑い声は、やはり夜の闇へと吸い込まれた。

 

 

 

■バス停

 

 

 

足元から昇ってくる土の香り。

 

 

ジャリジャリという小石と砂を踏む音は、いつの間にかぶじゅぶじゅと濡れた土を踏む音に変わっていた。

 

 

一歩踏むたびに、沈むつま先。

 

 

そういえばこの靴を買ったのは髪を切ったのと同じ日だった。

 

 

――買ったばかりなのに。

 

 

確か白だったはずのヒールが黄色くぐちゅぐちゅに汚れているのが、暗闇の中でもわかる。

 

 

見えているわけではなく、私の想像力がそれを見せていた。

 

 

なぜ泥が黄色いのかはわからないが、多分黄色い。黄色いのだ。

 

 

鼻腔にこびりつく土の香り。そして草や葉、木々の香り。

 

 

鍵の束を振り回しているような森の音の先で、こちらを睨む目があった。

 

 

キン、と光るその目は私に向かって近づいてくる。

 

 

不思議と避ける気にもならなかった私は、このまま食われることもまたいいかもしれないと思った。

 

 

その時はどうか、この黄色く汚れてしまった白いヒールも食べてほしい。

 

 

そう願いつつ近づきながら光を放つ目を見つめていた。

 

 

光る眼の獣の前足が、水たまりを踏み泥水を私のワンピースに飛ばした。

 

 

黄色い汁がかかって、思わず眉をしかめる。

 

 

「あ……」

 

 

目の前を横切ってゆく獣の正体が、バスなのだと気づいた。

 

 

泥水を飛ばした前足はタイヤ。

 

 

光る眼はヘッドライトだったようだ。

 

 

こんなにもひと気のない場所にバス……。

 

 

なんとなくバスが来た道をたどってゆく。

 

 

相も変わらず闇は私の視界を開けないけれど、足元の感覚のみを信じて歩いた。

 

 

どのくらい歩いたころだろう。

 

 

10分……ううん、一時間くらい?

 

 

よくわからないが、屋根が落ちかけた、小屋のようなバス停がぽつんと現れた。

 

 

 

■バスを待つ

 

 

 

一体いまは何時なんだろう。

 

 

バス停の小屋の椅子に腰をかけながら、記憶と体内の感覚で時間を追ってゆく。

 

 

お昼ごはんは食べなかったし、晩御飯も食べなかった。

 

 

――これじゃあ、大体の予測もつかないよね。

 

 

心の中で呟いたのと同じくして、今日自分がなにも食べていないことに気が付いた。

 

 

なのに不思議と空腹ではない。

 

 

――いつから食べてないんだったかな。

 

 

記憶をたどる。

 

 

確か朝は……そうだ。部屋で目が覚めた。

 

 

廊下に出るとみそ汁と魚を焼く匂いがして、それから逃れるように外に出たんだっけ。

 

 

民宿のおばさんが「朝ごはんありますよ」って声をかけてきたんだ。

 

 

私は聞こえないふりをした。

 

 

うん……。会社を休んで一人で旅してたんだ。

 

 

そう、じゃあ今もその旅の途中だよね。

 

 

神社やお寺を回っていると、真っ黒に日焼けした男の人に声を掛けられて、車に乗った。

 

 

普段だと絶対にそんな車に乗らないのに、一人旅で変わった体験をしたかった私は思い切って乗ったんだ。

 

 

それでここに連れてこられたんだ。

 

 

そこまで思い出すと、急に頭に鋭い痛みが走った。

 

 

次に股間、胸。

 

 

――ああ、そっか。私……。

 

 

一気に記憶が蘇ってくる。そして同時に笑いがこみ上げてきた。

 

 

「あははは!」

 

 

確かに変わった体験はできたね。あの車に乗らなければ絶対にできない体験だ。

 

 

持っていたカバンも、カメラもなにもない。

 

 

私は手ぶらだった。

 

 

それどころか服さえ着ていない。

 

 

遠くからまた光る目が近づいてくる。バスだとわかっているけれど、エンジンの音もタイヤが土を蹴る音もしない。

 

 

バスはやがてバス停の……私の目の前で止まった。

 

 

車内は真っ暗で電気はついてない。なのに、たくさんの人影だけが見えた。

 

 

静かにドアが開き、私はバスに乗った。

 

 

白いヒールはバス停に置いてきた。

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