妊婦 1 / ホラー小説
■ある風景
「あ、すみません……」
お腹が目立つその女性は、先に優先席に座っていた莉奈に一瞥すると、「よいしょ」とお腹を庇いながら隣に座った。
莉奈も女性に軽く会釈をすると、ぽっこりと出たお腹に釘づけになる。
女性もその視線に気付いたようで、莉奈の顔を見るとすぐにその理由を知った。
「あ、すみません……」
先ほど女性が莉奈に言った言葉をそのまま今度は莉奈が言い、謝った。
女性はというと、そんな莉奈の態度にクスクスと笑うと自らのお腹を優しくさすりながら、「いつですか?」と莉奈に尋ねる。
「あ……5月です」
照れ臭そうに何故か莉奈は笑った。
よくよく見れば莉奈も自分のお腹をさすっている。
なるほど、莉奈も妊婦だったというわけだ。
「そうなんだー。うちは4月。ちょっとだけ早いね」
「そうですね」
人間と言うものは、同じ境遇の人や同じ条件の人などに出会うと、初めて会う人間出会っても不思議と打ち解け合ってしまう。
新しい命を宿した女性ならば、なおさらそうであろう。
「……痛いのかな」
流れる景色を映す電車内。少しの間の後で女性はぽつりと独り言のように呟いた。
「えっ」
「ほら、……お産の時さ」
そう言った女性の顔を見てみると、彼女は確かに不安そうな顔をしていた。
今は2月。
お腹の大きさから見ても間違いなく予定日には生まれるのだろう。
そんな女性を見て莉奈は優しい笑みを作ると、お腹に置いた手の上に自分の手を乗せ、
「大丈夫ですよ。赤ちゃんも頑張って生まれてくるんですから、ママも頑張らなくちゃ」
莉奈の優しい笑顔に安心したのか、女性は「もしかして、初めてじゃない?」と莉奈に尋ねた。
「ええ、二人目です。上の子が2つなんですけど、ヤキモチ焼いちゃって。まだ生まれても来てないのに」
「ママを独り占めできなくなるからだよ」
莉奈がその話の返事をしようとしたところで、車内アナウンスが駅を告げた。
「あ、すみません。じゃあここで……」
言おうとした言葉を飲み込み、莉奈は止まった電車のドアをくぐると、女性に軽くお辞儀をする。
電車の中で手を振った彼女を見送ると、莉奈は駅を後にした。
■おかしな電話
「もしもし」
それからしばらくした頃、莉奈はとある迷惑な電話に困っていた。
決まって相手は「公衆電話」。
『ぺろぺろぺろぺろぺろ』
公衆電話からの主は、いつもこの訳の分からない言葉を莉奈が受話器を置くまでの間句繰り返すのだ。
初めてその電話が会った時から、莉奈はこの無意味で不気味な電話に不快感を感じていた。
何を聞いても、大きな声で怒鳴っても、この妙な電話は不定期的にかかってくるのだ。
「公衆電話からの着信は取らなくてもいいだろ」
莉奈が電話を切ったあと、夫の史郎が作業着の上着を脱ぎながら背中から声をかける。
「そういうわけにもいかないんだって……」
困った様子で莉奈は答えた。
それもそのはず、莉奈は山梨出身であり、実家に住む両親はこの時代にも関わらず携帯電話を嫌っている。
未だに電話をかけてくるときというのは家からなのだ。
しかしそれだけなら悩みの種になることなどない。
そうではなく、実家の両親が外出先で必ず公衆電話からかけてくるということ。
「はぁ……」
事情を話すと史郎はなんとも言えない溜息を吐き、それ以上なにかをいう訳でもなく寝室へと消えていった。
■その後も続く電話
『ぺろぺろぺろぺろ』
「ちょっと! あなた誰! 毎日毎日! 警察に通報しますよ!」
電話の頻度は、既に毎日となっていた。
出る度に、会話にならないそれに莉奈は言い難いストレスを抱え、時には吐き気さえ催すようになった。
「まーま」
2歳の娘が心配そうに莉奈を見上げ、莉奈は無理に笑って見せる。
「大丈夫よ、沙弓ちゃん」
頭を撫でると、娘の沙弓は安心したようにリビングへと戻るとブロックで遊び始める。
その様子を見ながら莉奈はお腹をさすりながら、(やだなぁ……こんな時期なのに)と心の中で呟き、途方に暮れた。
「こんにちは」
莉奈が買い物に出かけたデパートで声をかけられたのは、そんなことがあった翌日のことだった。
「……ああ!」
一瞬、見覚えはあるがピンとこない顔。
だが莉奈はすぐに気付いた。
「電車で会った……」
「良かった。覚えていてくれたのね。偶然会えるなんてなにか縁があるのかしら」
ふふふ、と笑う女性は大きなお腹をさすりながら莉奈の隣で買い物カートを一生懸命押している沙弓に向かって「こんにちは」とあいさつをする。
「……こんにちはぁ」
少し人見知りの気がある沙弓は、莉奈のお尻の裏に隠れて返事をした。
女性はにっこりと笑うと「えらいね。ちゃんとごあいさつできたね」と沙弓の頭を撫で、目を莉奈に戻す。
「あ、私は和美。気軽に呼んで」
「ありがとう……」
和美の顔を見て、口元を押さえつつ心配そうな表情を浮かべ、
「どうしたの? すごく顔色が悪いよ」
莉奈の顔色は明らかに青白く、目の下にはクマが出来ていたのだ。
和美がそれに気づき、指摘をすると莉奈は大きなため息を吐くと、今莉奈を悩ませている種を簡単に話した。
「なにそれ! すごく悪質だね! ひどい!!」
「そうですよね! ほんと困ってて……昨日もあんまり眠れなかったんですよ」
少し大振りな和美の反応に、莉奈は同調した。
ストレスを抱えていた為か、いつもよりも大きく返事を返すのだった。
「まーま、おかし」
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