【夜葬】 病の章 -12-
「そぉーこにいるんでぇーすねぇー」
「こーないでください」
鬼……いや、この遊びで言うところの【どんぶりさん】になった巌が「そこにいるんですね」と大きな声で呼びかける。
その呼びかけに対して幾人かの子供が「こないでください」と返事をした。
さらに数秒経ち、自分の手で目隠しをしたままの巌が再度「そこにいるんですね」と呼びかける。
「……」
返事が返ってくるのを少しの間待ち、「こないでください」と帰って来ないのを認めると巌は再度呼びかける。
「いまからいきまぁーすぅー」
かくれんぼで言うところの「もういいかい」「まだだよ」の掛け合いと同じ意味なのだろう。
ゆゆに隣で説明されながら鉄二はそう思った。
――そういうことなら分かりやすいや。
木造の小さな校舎。鶏を飼っている飼育部屋の影にゆゆと鉄二は隠れていた。
「【どんぶりさん】に9人捕まるとおしまいだから気を付けて」
「え、でも9人も僕たちいないよ」
「9人いなくても、【どんぶりさん】が合わせて9人になっちゃだめなの」
ゆゆによると同じ人間にタッチしてもカウントは加算されるという。
例えばAが【どんぶりさん】だとして、Bにタッチしたとしよう。
そうすればBが2人目の【どんぶりさん】となる。
そしてBの【どんぶりさん】がCにタッチし、3人目となったCがAにタッチする。
一度【どんぶりさん】になったことのあるAはこの時点で4人目の【どんぶりさん】にもなるのだ。
このシステムで累計9名に達した時、八走は一旦終了となる。
面白いのはこの遊び、【どんぶりさん】の勝利でしか終わらないという点だろう。
いくら【どんぶりさん】から逃げ続けても、逃げている側から終わらせることはできない。
それではなかなかキリのいいところで終われないため、鈍振村の子供たちはあらかじめ『時間』を決めてやることが多い。
例えば時計の針が6まで逃げ切れば人間の勝ち。
それまでに9人捕まれば【どんぶりさん】の勝ち……と言ったように。
「……あの棒を倒すときはどうすればいいの」
一人目の【どんぶりさん】が立てた木の棒。
あれは『ノミ』をなぞっているという。
「あの棒は『ノミ』って呼ぶんだけど、倒す前に必ず【どんぶりさん】に聞こえる声で「おかわりありますか」って叫んでから蹴るんだ。そうすると【どんぶりさん】はまた『一人目』に戻る。時間が来るまでそうやって耐えることができたらお人さんの勝ち」
「へえ……なんだか面白い!」
「そう? 日本中、みんなやってる遊びだと思ってたから私はちょっと変な感じかな。ほら、『ノミ』の周りに【どんぶりさん】がいないよ。てっちゃんが蹴り倒してきて!」
「うん!」
鉄二は小走りで『ノミ』に駆け寄りつつ、足音を立てないよう注意した。
「あっ、あいつ!」
【どんぶりさん】の巌が『ノミ』に近づく鉄二に気が付き、血相を変えて走り寄って来る。
「おーかわりあーりますかー!」
そう言って地面に突き刺した木の棒を蹴り飛ばす。
『ノミ』は綺麗な放物線を描き飛んだ。
「あーー! くっそぉー!」
巌が悔しそうに『ノミ』を拾いに行く後ろ姿。
「あっはははっ! 巌がよそもんの鉄二にやられたぁー!」
「八走が下手じゃねぇ、巌はー」
ゆゆをはじめに道夫や時子が腹を抱えて笑い、釣られて思わず鉄二も笑った。
「あっはっはっは……!」
鉄二が鈍振村でできた初めての友達と【八走】なる遊びに興じている頃、三舟家の掃除をしていた元が神棚から木箱を見つけた。
紐で封印されているわけでもなく、蓋になにか書いてあるわけでもない。
ただの木箱。
神仏的ななにかかと思ったが、その飾りっ気のなさにやはりそれは違うのではないかと自身に否定する。
今日から自分の家とはいえ、ほんの少し前まで小夏の家族が住んでいた家。
元からすれば他人の家も同然である。
その他人の家の神棚にあった木箱は、充分気味の悪いものでもあった。
「まさかぁ、人の指とか入ってたりせんよな」
独り言をつぶやきつつ恐る恐る木箱の蓋を開けた。
血の握り飯や、どこか不気味な船頭や村人たち。
それがなければすんなり開けることができたはずだったが、それがあるから気味が悪い。
伏し目で顔から距離を離しながら開けた箱の中身は予想外なものだった。
「ノミ……? こりゃあノミか」
箱に入っていたのは大工用具のノミ。
こんな木箱に入っているのだから高価なものなのかと取り出して柄や刃を観察してみるが、特に銘が彫ってあるでもない。
ごく普通のノミである。
「よくわからんな……」
蓋を閉め、再び神棚に置くと元は溜息を吐いた。
「俺の神経質もどうにかせにゃならんなぁ」
ひと息入れようと煙草を探すが、昨日の内に無くなったことを思い出し二度目の溜め息を吐く元。
「おーい、黒川さんよ」
庭先から元を呼ぶ声。
声のした方に振り返ると初めて見る村の男が手を振っていた。
手ぬぐいを頭に巻き、肌のよく焼けた健康そうな男だった。
「わしは船坂っていうもんだ。船頭の爺さんがよ、【どんぶりさん】埋めるから来ねえかって言うておるが、どうだ?」
「【どんぶりさん】? そういえば昨日、あの握り飯をくれたときに船頭さんが言うていたな」
船坂の話に昨日のことを思い返し、ここで行かないというわけにはいかないと「ええ、行きますとも」と元は返事した。
「集落にはよくある話だろうが……、独自の言い回しや言葉多くてかなわんな」
【どんぶりさん】に赩飯、夜葬――。
初めて聞く言葉ばかりな上に、余所者で初めて聞く黒川にも配慮なく普通に使っている。
これからゆっくり覚えていくしかないと元は改めて腹を括った。
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