【連載】めろん。49
・三小杉 心太 26歳 刑事⑤
「や、やめろ! 僕が誰だか知らないのか? 僕は警視庁……」
言い終えるのも待たずチェーンソー男は轟音を撒き散らしながら襲い掛かってきた。
反射的に横に飛び退くと僕の身代わりにステンレスの備品棚が火花を散らし、悲鳴をあげた。
「冗談だろ、ふざけるのはやめろっ!」
それでもまだ相手が本気だと思えなかった。いや、思いたくなかった。
これは手洗い歓迎であって、冗談だ。これが彼らの作法に違いない。
だがそんな淡い期待は頭から浴びたビールと共に泡と消えた。男の二撃目が僕の頭上すれすれでビールのケースを両断したのだ。
「うわあああっ!」
無意識のまま、絶叫し駆けだしていた。
殺される。ここでじっとしていたら確実に。
逃げろと本能が尻を叩いた。馬の気持ちがわかったような気がした。
「めろん~」
切迫している僕とは対照的に呑気な声が聞こえてくる。そしてモーターが唸る轟音がつきまとってきた。
どこまで行っても音が遠のかないことから、奴が僕を追ってきているのがわかる。
背中に剣山でぶすぶすと刺されているような、痛みに似た恐怖と緊張感が全身に走る。
何度も商品棚にぶつかり、足元を滑らせた。
だが致命的な失態は起こさず、ただがむしゃらに走りまくった。
店を飛びだし、夜の町へと逃げ込む。
自分の呼吸で周りの音は聞こえなかった。だからチェーンソーのけたたましい轟音もすっかりわからなくなっていた。
突然、ぐらりと天地が逆転し体が動かなくなる。自分が地面に倒れ込んだのだと気づくまで時間がかかった。
逃げなければ殺される!
頭ではわかっているが酸素が足りていないせいでなにも考えられなかった。体も完全にオーバーヒートを起こし、動けない。
「ぜはっ! ぜはっぜはっ……」
こんなになるまで消耗したのは学生時代以来だ。気力を振り絞って寝返りを打つと夜空が広がった。
次第に冷静さが戻ってきた。
それでようやくチェーンソーの音がしていないことに気づいたのだった。
「撒いた……のか」
一気に緊張が解ける。今、この状態で追いつかれたら一巻の終わりだった。
それにしてもどうして僕があんな歓迎のされかたをされなけれならないのか、理解不能だった。
外は危険だと言った大城の言葉……こういう意味だったのだろうか。
ならばあれは誰のための店なのだろう。ここには人が出歩いていないというのに。
「…………ん」
仰向けで夜空を眺めているうち、違和感を覚えた。
「星がない……月も」
真っ暗だ。いや、真っ暗というより黒そのもの。ぼんやりと町の輪郭が見えているのは外灯のせいだろうか。
見つめていると不安に
「めろん」
突然、聞こえた声に息が止まる。
「めろん……」
気のせいではない。しかも、一度目に聞こえた声とは別の声だ。
疲れが嘘のように吹き飛び、僕は飛び起きた。
「めろぉ~ん」
「めろん!」
僕は囲まれていた。
「こ、こんばんは……」
さっきの店の人間とは違う。ユニフォームではなく私服だ。それに年齢も性別もばらつきがある。暗くてもそのくらいはわかった。
6人……いや、8人、10人くらいはいるかもしれない。
「よ……よかったぁ~。ここって誰もいなくて心細かったんですよ。でもこんなにいたんですね。安心しました」
「めろん」
「はは、どうかしたんですか。メロンメロンって、ねえ」
「めろん」
「めろん」
さっきの店と似ている。だがこっちは誰もが「めろん」としか発しない。
まるで宇宙人と話しているようで会話が成立しない。
「あの、ここからでたいんですがどうすればいいんでしょうね」
「めろん」
ひとりの少女が前にでた。制服を着ているので高校生だろうか。
暗くて顔までは見えないが、それが余計に不気味さを増していた。
「君は……」
君はなんだい、と言いかけた矢先、突然後ろから押さえられた。
「なっ、なにをするんだ! 離せ!」
男ふたりに押さえつけられているらしく、身動きが取れない。
少女が近づいてくる。小柄で華奢なシルエットはどこにでもいる普通の女子高生にしか見えない。それなのに近寄ってくるのが無性に厭だった。
得体の知れないなにかが、にじりよってくるような根拠のない恐ろしさだ。
「離せ! 僕は警察だぞ、なにかすればただじゃ……」
言っている間に、息が当たりそうなほどに少女はそばまできていた。
ここまで近くだと暗くてもその顔がうっすらと見える。その顔僕は慄然とした。
目を見開き、口からよだれを滴らせている。
その瞳はまるで、餌を前にした空腹の犬のような光を放っていた。
「な、なにをする気だ」
「めろぉん……」
とろん、とした声色だった。心なしか『いただきます』と言ったような気がする。
少女は僕の顔に手を伸ばし、頬をひとなでした。
そしてその手の指先を僕の目の前に――
「あぎゃあああああっっ!」
顔の中に強烈な異物感。ごりごりと頭の中心に押し入ってくる不快感。
だがそれらを感じたのはほんの一瞬だった。
経験したことのない苦痛にすべてが吹き飛び、その後の感想はただひたすら「痛い」だけとなった。
みちみち、ぶちゅ、嫌悪を伴うグロテスクな音が外ではなく頭の中から直接響き、僕の中から繊維が引き千切られてゆく。
そしてゆっくりと少女の手が僕の顔から引き抜かれた。
「うぎゃあああああ」
僕の意思とは関係なく叫び声があがり続ける。頭が真っ白だった。
ただ左目からどくどくと温かいなにかが溢れる感覚が頬から伝わった。
気が狂ったように頭を振り乱し、足をバタバタとさせた。その中で辛うじて捉えた少女の手。
手には丸い……ボールがあった。ぬらぬらと濡れた、引き抜いた芋のような根を生やした球体。
それを見て僕はなにをされたのかを悟った。
「僕の目ぇえええええ!」
少女は目の前で僕の目を食った。
「あまくておいしい」
その夜はパーティーとなった。みんなで、仲良く、ぼくをたべた。
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