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【夜葬】 病の章 -5-

公開日: : 最終更新日:2016/11/08 ショート連載, 夜葬 病の章

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-4-はこちら

 

元は昔、蛇の血や亀の血、豚の血を飲む村があると聞いたことがある。

 

 

さきほど自分が食べたあれは、その類であると疑わなかった。

 

 

特に今日は、誰かの通夜だという。

 

 

船頭の言う通り、この村での葬式に当たるのがこれだというのなら故人を弔って動物の血による儀式料理があってもおかしくない。元はそう考えると納得した。

 

 

「さっきの赩飯はね、【二番飯】っていうこぼれた血で作ったもんなんじゃ。【どんぶりさん】に盛る飯は今日一晩手を付けてはならんが、二番飯は【どんぶりさん】を作った人間たちの手で握り、家族以外の口に入れにゃならん。じゃから、あんたらは運が良かったんじゃ」

 

 

「はぁ……それはありがたいことで」

 

 

正直、船頭の言っていることはわけが分からず、元の空を切ったような返事はその表れであった。

 

 

電気もない屋敷の廊下は、夕闇のせいかどんよりと妖しく沈んでゆく。

 

 

この闇の中に得体の知れない妖怪でも潜んでいて、それが鳴いているかのような床の音。

 

 

ズボンの尻を掴む鉄二の手にぎゅっと力が入る。

 

 

鉄二が怯えているだろうことは元にも伝わっていた。

 

 

「父ちゃん、この家に泊まるんか?」

 

 

「ああ。大きなお屋敷だから嬉しいだろ」

 

 

「うん……」

 

 

そうは答えたものの、内心は嬉しくはないのだと元は悟った。

 

 

鉄二ほどの年齢の子どもであれば、いくら山奥とはいってもぱっと見ただけでも百坪は裕にありそう屋敷に喜ばないはずがない。

 

 

もちろんそれはここまでたどり着くまでの疲労もあっただろう。夜の闇が外を暗くしてきた頃だということもあっただろう。電気もなく、じめりと暗い廊下のせいもあっただろう。

 

 

だが鉄二の抱えていた恐怖感とは、そういうものとはまるで異質なものだった。

 

 

元にとってはただ『気味が悪い雰囲気の家』。その程度のものだった。

 

 

しかし、鉄二には『なにか良くないものが潜む家』と感じていたのだ。

 

 

「ああ……一つ、守ってもらいたいことがあるんじゃが」

 

 

不意に船頭が立ち止まり、元らを振り返らずに話し始めた。

 

 

「この村に移り住んで、慣れた頃じゃないとピンとこんじゃろうがな。この村では【夜葬】は村を司る最も重要な儀式じゃ。

 

 

決して夜葬を侮辱するようなことだけはせんようにな」

 

 

「侮辱なんて、そんなとんでもない」

 

 

「無論、あんたらのことを疑っておるわけじゃないんじゃ。ただ、世の中には守らにゃいかん理(ことわり)っちゅうもんがあってな。この村にはこの村のやり方がある。

 

 

それがどれほどあんたらの住んじょった街と違うくてもな、従ってもらわにゃいかんのじゃ。郷に入っては郷に従え、っちゅうわけじゃな」

 

 

「ええ。承知してます。なんなりと」

 

 

元がそう答えると、船頭はやはり振り返ることもせず、代わりに左手側のふすまに頭だけを向いた。

 

 

「そういうわけでな、まず今夜守ってほしいことは『この部屋には絶対に入らないこと』。まだ夜葬の最中じゃし、中には一晩中見張りが付いとる。仮にふすまを開けてしもうたとしても、見張りの奴にこっぴどく叱られるくらいで済むじゃろうが……。あんたらは余所者じゃからな、きっとそれだけでは済まん」

 

 

「大丈夫ですよ。開けたりしません。それよりも横になって眠りたいですわ」

 

 

「……【なにがあっても開けてはいけない】ですぞ?」

 

 

元の返事を無視するかのように、念を押す船頭の言葉。

 

 

この村の中で誰よりも二人に良くしてくれている彼だが、佇まいから漏れる瘴気のような禍々しい空気に、その考えを改めなければと元は思った。

 

 

もしかすると、もっとも信用してはならないのは船頭なのではないか。

 

 

「……はい。鉄二も守れるな」

 

 

「うん。絶対に開けないよ、じっちゃん」

 

 

鉄二の返事で、船頭はふぉっふぉっと笑った。

 

 

緊張の場面ではやはり子供の無垢さが役に立つ。

 

 

元は鉄二に助けられたような思いで、再び進み始めた船頭に付いて行った。

 

 

さっきのみつえや吉蔵も含め、この屋敷には現在それ相応の人間がいると予想出来たが、人の気配はするものの誰ともすれ違わないことが元には不思議に思った。

 

 

ただ長い廊下が続き、その脇にある部屋々からは物音がかすかに聞こえるだけ。

 

 

船頭はただ黙って暗い廊下をゆっくりと軋ませながら歩いてゆく。

 

 

――本当にこの村は大丈夫なんか? 小夏の性格や愛嬌からはこの村で育ったとは想像もつかん。

 

 

静寂の中では、心の中の声ですら漏れてしまいそうだった。

 

 

余計にズボンの尻を握る力が強まる鉄二も、同じ不安めいたものを感じていたに違いない。

 

 

その静寂のおかげで、背後の部屋のどこかがすっと開く音を二人の耳に捉えた。

 

 

振り返りはしなかったが、一人分余分に鳴く床に初めて自分たち以外の人気を感じ、ほんの少し安心する。

 

 

足音は近づくではなく、二人から少し遠ざかりすぐに止まった。

 

 

厭でも耳を澄ましてしまう状況の中で、背後の向こうで小さく女性の声が聞こえた。

 

 

「おかわりありますか?」

 

 

――ん、今なんて言った? おかわりって……

 

 

「どうも無駄に長い廊下ですみませんな。ここが客室ですんで、休んでくだされ。なにかあれば、斜め向かいのあの部屋の者に申しつけりゃいいでな」

 

 

「ありがたい。本当に恩に着ます。助かりました」

 

 

元は鉄二の頭を軽く小突き、慌てて鉄二も一緒に頭を下げる。

 

 

それを見て船頭はまた短く笑い、部屋の戸を開けて中に二人を促すと去っていった。

 

-6-へつづく

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