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【夜葬】 病の章 -62-

公開日: : 最終更新日:2018/02/20 ショート連載, 夜葬 病の章

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それから鈍振村に病が流行するのはすぐだった。

 

 

いや、厳密に言えばその兆候はあった。

 

 

春頃から徐々に体の不調を訴える村人が現れてはいた。しかし、宇賀神たちが村に出入りするようになってから、悪化し始めたのだ。

 

 

宇賀神が初めて村を訪れたのが九月。十月には病死者がひとりでた。

 

 

しかし、まともな医療機関のない村ではかねてより“病気=死”の意識はあった。そのため、珍しいこととはいえさほど問題にもならず、村の者たちは喪に服したのである。

 

 

十一月、またひとり病死した。

 

 

十二月には暮れまでにふたりが死んだ。

 

 

そして年が明けた一月三日、吉蔵と松代が夫婦して死去したのだ。

 

 

これに村の人間たちは騒然とし、次々と命を奪ってゆく病に恐怖した。

 

 

村人の命を奪うこの病には名前がなかった。

 

 

諸症状は咳や発熱、頭痛や痰など風邪によく似たものだった。それゆえ、罹った本人でさえ大したことがないと高を括る。

 

 

だが二週間ほど症状が治まらないまま続いたのち、突然耳が聞こえなくなり味がしなくなる。そして徐々に視界が閉じてゆき、死に至る。

 

 

十一月の福祀りには元気だった吉蔵と松代も、たったひと月で死んでしまった。

 

 

そうなってくると村人たちの目は、宇賀神をはじめとした外からやってきた人間に向けられる。

 

 

物言わぬ彼らのまなざしが、宇賀神たちに『お前たちが病原菌を持ち込んだのではないか』と訴えていた。

 

 

当の宇賀神はというと、彼としても未知の得体の知れない病気に冒されるのは御免被るとばかりに時を置かずして村から去ってしまった。

 

 

当然、一緒に連れてきていた者たちも引き連れてである。

 

 

これに頭を抱えたのが窪田だった。

 

 

ゆゆを殺し、墓を掘り起こし、宇賀神を口説き落としてようやくここまで来たというのに、すべて水泡に帰そうとしている。

 

 

やがて窪田は家の外に出なくなっていった。

 

 

鈍振村には二種類の住人がいる。船乗り姓の原住民とそうでない者たちである。

 

 

宇賀神たちを排除した今、少ない船乗り姓の村人たちは次第にそうでない新しい者たちへ病の責任を転嫁していった。

 

 

『そもそも外からお前たちが来たから病が起こった』

 

 

言いがかかりのような文句だが、誰かが掲げたその言葉をきっかけに鈍振村は明白に分裂していく。

 

 

その渦中で鉄二も沈黙を貫いていた。

 

 

 

五月。桜が散るようにしてこの月にもひとり死んだ。

 

 

公民館に集まった村の役員たちは神妙な面持ちでこの事態を重く受け止めていた。

 

 

「これで今年に入って六人目。御変り病で死んだのは十人。外の連中が来なくなったのはいいが、それでも流行りは止まらない。どうしたものか」

 

 

名前のない病は『御変り病』と呼んだ。

 

 

名付けたのは船乗りの村人、舟知。現状、村長の役職にあるのは窪田なので彼は副長ということになる。

 

 

ロの字に囲んだテーブルに集まったのは船乗りと新しい者、七名。

 

 

緊急と銘打たれた会議は毎週のように行われていた。

 

 

「やっぱり病院に行くべきだ。でないともっと死者がでる!」

 

 

そう意見を述べたのは五月女(そうとめ)という眼鏡の優男だった。

 

 

ごく常識的な意見であるし、五月女がそう提案するのははじめてではない。会議に参加する度に同じことを繰り返し主張してきた。

 

 

しかし、その度に舟知をはじめとした船乗りに却下された。

 

 

「病院とは現実味がない。この村に病院がない以上、下山しなければならないということだろう? そうすればまた新しい病原菌を持ち込まないとも限らないじゃないか」

 

 

「どちらが現実味がないんですか! そもそも病院がないこと自体がおかしいんですよ。私もこの村に移り住んで数年が経ちますが、その間設立の兆しすらない。なぜあなたたちは、そういった医療に無頓着なのですか」

 

 

「馬鹿をいうな。病院などなくともこの山には薬草もあれば毒を中和する蛇もいる。怪我は放って置けば治るし、病気も食い物で治る」

 

 

バカはどっちだ、と言わんばかりに五月女が舌打ちをする。すぐに顔を上げて反論した。

 

 

「それで治らない病気で死人がでているから言っているんです! 舟知さんの言っていることは現実逃避だ! 今も御変り病で苦しんでいる人がいる。それならすぐに病院へ――」

 

 

五月女の言葉を遮るように舟知は「必要ない」と議論を一方的に打ち切った。

 

 

「どうしても納得できないなら、病床の本人に聞くといい。『病院に行きたいか?』とな」

 

 

横から口を挟んだのは舩原。その様子を舟木、舘船、船井、蛙舟が見守っている。

 

 

会議の七人――つまり、この中で船乗りでないのは五月女だけである。

 

 

いつのまにか、役員の割合が逆転していた。

 

 

五月女は唇を噛んだ。舩原の提案に反論できないでいたからだ。

 

 

病にかかっている村人は絶対に「病院に行く」とは答えないと知っていたからだった。

 

 

そしてその理由も。

 

 

「御変り病で死んだ村人、それに今現在御変り病に冒されている村人。そのすべてがお前たちが“船乗り”と呼んでいる俺たちだ。つまりお前たち新しい者は誰ひとり病にかかっていない」

 

 

はっきりとは言わないが、遠回しに舩原は『お前らには関係ないだろう』と言っている。

 

 

「それはたまたま今はそうで、いつ僕たちが発病してもおかしくないでしょうが!」

 

 

「その時は大人しく君らで病院に行ったらいい。しかし、そうなる前に故郷に帰ったほうがいいんではないかね」

 

 

たばこの煙と共に舟知は忠告するように吐き出した。

 

 

「御変り病はね、【夜葬】をやめたから流行ったんだ。“御変りありますか”と訊いて、ありませんと答える一連の流れから、『御変りあります』ということで名付けた。このままだと古くから村に住む我らが死に絶えてしまう。それだけは避けねばならん」

 

 

「だったらなおのこと……」

 

 

「話の通じん奴だ。病院はいらん。それよりも【夜葬】を復活させるべきなんだ」

 

 

 

 

 

-63-へつづく

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