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【夜葬】 病の章 -16-

公開日: : 最終更新日:2017/02/28 ショート連載, 夜葬 病の章

 

-15-はこちら

 

「美郷のおばちゃん!」

 

 

勢いよく玄関の戸を開き、鉄二が家の奥にいる美郷の名を呼んだ。

 

 

「はあい。ちょっと待ってね」

 

 

鉄二の太鼓をたたくような大きな声にのんびりとした声が返事を返す。

 

 

遅れて床をトントンと跳ねて船家美郷が現れた。

 

 

「今日も元気ねぇ、てっちゃん」

 

 

「おばちゃん、あのさ腹減った!」

 

 

「ふふふ、どうせそんなことだろうと思った」

 

 

鉄二の要件が最初から分かっていたかのように笑う美郷が、割烹着の裾に包んだ何かを取り出す。

 

 

「わあっ! 握り飯!」

 

 

「たんとお食べ」

 

 

朗らかに笑いながら自分の掌よりも大きく握った握り飯を鉄二に手渡し、間髪入れずに鉄二はそれにがっついた。

 

 

「これこれ、落ち着いて食べないと喉詰めるよ」

 

 

んが、んぐ、と息をするのも勿体ないとばかりに握り飯に食らいつく鉄二を叱りながら、優しい瞳で美郷は見守っていた。

 

 

4年前に夫を亡くし、それからは結婚をしていない。

 

 

死んだ夫との間に子供のいなかった美郷は鉄二を我が子のように可愛がっていた。

 

 

鉄二は11歳になっていた。

 

 

身長も伸び、この村に来た頃よりも大人びてはきたものの、こうやって握り飯にがっつく姿はまだまだ子供。

 

 

鉄二を見つめる美郷の瞳がそれを物語っていた。

 

 

「てっちゃーん、あそぼー」

 

 

船家宅の手前で鉄二を呼ぶ声がする。

 

 

この声の主がゆゆだと分かった鉄二は、すぐに「はーい」と返事をし指に付いた米粒を舐めとった。

 

 

「おばちゃん、ごちそうさま! 遊びに行ってくる!」

 

 

「ああてっちゃん、ちょっと待って」

 

 

玄関を飛び出そうとする鉄二を呼び止め、美郷はその顔に手を伸ばす。

 

 

鉄二の口元に付いた米粒を指で摘まんだ。

 

 

摘まんだ米粒を食べて見せると美郷は笑う。

 

 

「おすそわけ。いってらっしゃい」

 

 

「いってきます!」

 

 

満面の笑みを置き土産に、弾けんばかりの元気で船家宅を飛び出した。

 

 

 

その頃、鈍振村の公民館ではとある問題について議論がなされていた。

 

 

船頭に船坂、元や吉蔵。

 

 

他にも村の男が七,八人ほどが各自団扇を仰ぎながら、一人の若い男を囲んでいる。

 

 

これだけの大人の男が集っているのに、室内は静かだった。

 

 

誰もが無言を貫いている訳ではない。

 

 

時折、隣の席に座っている者と世間話をしている者もいる。

 

 

だが中央に立っている若者と、それを正面に見据えている船頭は見つめ合いながら言葉を発しない。

 

 

「つまり、お前も村を出て山を下りたい。ってことだな」

 

 

「そうだ」

 

 

船頭に代わって若者に向けて意思を確認した船坂は「ふぅむ」と唸る。

 

 

周りを囲んでいる男たちも若者の返事にざわついていた。

 

 

「参ったなあ。そんなにお前ら若いもんは街に憧れてるんか」

 

 

吉蔵が呆れた様子で問いかけるが、若者はその言葉には反応せずその隣に座っている元を向いた。

 

 

「黒川さん。あんたから街のことを色々聞くうちにこんな村で一生を終えるのがバカバカしくなった」

 

 

男たちの注目が元に集中し、思わず元は肩をすくめて小さくなった。

 

 

「い、いや……俺は街がいい所だって言ったつもりはねぇよ……」

 

 

誰に対する言い訳なのかぼやけさせるように、視線を天井に泳がせる。

 

 

若者も元の言葉に理解を示しながらも「でもな」と続けた。

 

 

「この村は狭すぎる。知ってるかい? 街に出れば電気がある。俺のようにこの村で生まれ育って、外になんて一度も出たこともない人間からすれば黒川さんの話は夢見た寝言かと思うさ。けれどもしそれが嘘だったとしても小夏は街で黒川さんと出会った。狭い狭いこの村で近所の女と結婚して、獣を追いかけ、田を耕し、雪に耐えて死んでいくなんて嫌になったんだ」

 

 

「けどよぉ、お前んところの姉ちゃんはなんて言うておるんだ」

 

 

「姉ちゃんも連れて行く」

 

 

一度ざわついた室内がさらにざわつきを増した。

 

 

若者の名は船田副嗣(ふなだそえつぐ)。

 

 

鈍振村では貴重な若い男だった。

 

 

そして、彼の姉の名は船家美郷――。

 

 

「連れて行くって、別に美郷は村から出たいって言うておるわけじゃないだろう」

 

 

「いや、きっと行きたいさ。行きたいに決まってる。その方が姉さんだって、新しい男を……」

 

 

「充郎を忘れさそうっていうんか!」

 

 

船家充郎……死んだ美郷の夫。

 

 

副嗣に怒声を浴びせたのは、充郎の父だ。

 

 

「忘れさせようなんて言ってない。俺も充郎さんは好きだった。けど充郎さんは死んだんだ! 姉ちゃんが幾つだと思ってんだ! まだまだ人生は長いのに子供も作らず、結婚もせず、ずっと独身で死ねって言うのかよ!」

 

 

「当り前じゃ! 一度祝言をあげた夫婦はなにがあろうと離縁させるわけにはいかん! それを覚悟で美郷も嫁いだんじゃろうが!」

 

 

夏の熱気の中でも蒸気が上がりそうな剣幕で充郎の父は叫喚した。

 

 

それを見た副嗣は嫌悪感にを表情に滲ませて、充郎の父から目を逸らす。

 

 

「これだよ。こんな狂った思い上がりを落ち着けるような人間が役員をやっているようなところになんていれるかって言うんだ」

 

 

「なにをぅ? そんなに外へ行きたければお前ひとりで行け! 美郷を連れて行くというのなら、《美郷の父》としてお前を殺してでも止めてやるからな!」

 

 

充郎の父が発した《美郷の父》という発言。

 

 

副嗣は敏感にこれに反応した。

 

 

「父? なんだと? 姉ちゃんの父親が貴様のような豚な訳あるか! 取り消せ豚!」

 

 

「豚だとぉ~! よぅし分かった! 今殺してやる! ノミだ、ノミを持ってこい!」

 

 

副嗣に掴みかかろうとする充郎の父だが、年配のため動きが鈍い。

 

 

そのため周りの男たちにすぐ押さえられた。

 

 

一方の副嗣は興奮する充郎の父とは対照的に、その場から動かず侮蔑的な眼差しで暴れる充郎の父を見つめていた。

 

 

「まぁ、気持は分かった。どちらにせよ、すぐに結論を出さなくともいいじゃろう。副嗣ももう一度、頭を冷やして考えろ。三日後、再度ここで話を聞く。その時のお前の意見を尊重しようじゃないか」

 

 

「……わかりました」

 

 

重い口を開いた船頭が締めの言葉を告げると、副嗣は素直に従った。

 

 

 

 

-17-へつづく

 

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