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【連載】めろん。50

公開日: : 最終更新日:2020/06/01 めろん。, ショート連載, 著作 , ,

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・綾田広志 38歳 刑事⑪

 坂口が言った通り、車は深い闇へと突き進んでいった。

 完全に光源を失って、どのくらいきただろうか。最後に広島の夜景が望めたのはもうずいぶん前のことのように思える。

「まだ着かないのか」

 声をかけるが坂口は口を開かなかった。その横顔ですら闇に溶け込んでいて、そこに坂口が本当に存在しているのかすら怪しい。

 俺は、一体どこに向かっているのか。

「もうそう遠くはないはずですよ」

 閉口したきりの坂口に見かねたのか、運転手がナビを横目に答える。

 そうですか、と返し、ふたたび車内は沈黙が居座った。

 ふとフロントガラスに目をやるとぽつぽつと水滴が見えた。憐れむように運転手が「あ~」と呻く。俺たちに同情しているようだ。

 雨足は次第に強まり、申し訳なさそうに運転手がワイパーを回した。

「本当に降りられるんですか? 危ないですよ、ここは」

 目的地付近で降りた俺たちを気遣うが、声色からは早くここから離れたいという焦りが滲んでいる。

「だったら運賃は払わなくていいか」

 坂口が憎らし気に返すと、運転手は尻すぼんでなにも言わなくなった。

「ではお気をつけて……」

 去り際にそう言い残して運転手はタクシーと共に去った。

 俺と坂口は暗闇の中に取り残されてしまった。

「そろそろここがなにか言えよ。それとも急に俺を殺したくなったか」

 こんな深夜の山奥に連れてこられるなんて、事件の香りしかしない。元々信用に足る人物ではない坂口のことだ、充分にありえる。

 だがそうだとしても坂口ごときに後れを取るわけはない。

 いつ襲い掛かってきても対応できるよう、俺は警戒した。

「馬鹿かお前は。仮にここで綾田を殺すにしたって、足がつくタクシーなど使うわけがない。少し考えれば誰でもわかる」

「ご丁寧にどうも。だったらなんなんだ。答えろよ」

「言ったはずだ。お前の知らない闇を教えてやる、と」

「だから教えろよ。勿体つけてどうなる?」

 暗闇で坂口が見えにくい。だがそれは奴もおなじだ。目を凝らし、様子をうかがう。

「よく見てみろ。ここが暗いのは空のせいだけじゃない」

「はあ?」

 そう言われて空を見上げる。警戒は解いていない。

「見てもわからん」

「もっとだ」

 気を逸らそうとしているのだろうか。そうだとしたら安易すぎる。坂口らしくないやり方だ。少なくとも意味のないことはやらない。信じる信じないではなく、それは厭というほど知っている。

 さらに目を凝らし、空を見上げた。そして、ようやく違和感に気が付いた。

「なんだ……? 星が、ないな」

 雨が降っているのだから星が見えなくても当然だ。だが俺の違和感はそういうことではなかった。星が見えていないのはある一角だけだ。それ以外の空では俺たちを盗み見るようにチラチラと星が輝いている。雲の隙間から覗いているようだった。

「夜は見えにくくなっている。そういう構造なんだよ」

「構造? 何を言っている」

「星が見えないのは遮蔽物があるからだ。お前が星がないと言っているのは空ではなく、建物」

「建物だと? ここらのことはよく知らんが、かなりの山奥だぞ。こんなところに施設なんて……」

「〝こんな辺鄙なところに施設なんて建てない〟って? 早計だな。まんまと意図に呑まれているじゃないか」

「なんだと? じゃあ聞くが、あれはいったいなんの施設だというんだ」

「鬼子の村だよ。親が子を食い、子が親を食う、共食いの村」

「似合わないことを言うじゃないか。どうした、腹でも下したか」

 猛烈に厭な予感がする。俺と坂口の力関係は変わっていない。戦って敗ける相手ではないことは変わらない。が、雰囲気が変わった。

 突然声から感情が消えたような、機械的でいて事務的な、血の通っていない声だ。

 無意識に警戒が強まる。

「大城はここにいる」

「大城がここに? なぜだ、一体なんだここは」

「立場的に言えないことになってるんだ。察しろよ」

「どう察するんだ。いいから答えろ、なんだここは!」

 声を荒らげ、威嚇するように訪ねた。そんなものに堪える人間じゃないことは知っているが、やらずにいれなかった。

「この中に入れ、綾田。入らないならさっさと帰るぞ」

「どうあっても言わないつもりのようだな」

 ふぅ、と溜め息を吐き、坂口は鼻で笑う。その仕草でようやく奴の体に血が通ったのがわかった。

「ではひとつだけ忠告しておくぞ、綾田」

「なんだ」

「連れてきてやった。だからお前はこの中に入るかやめるか選ぶことができる。だが、一度この中に入ったらもうでてこれない」

「でてこれない? 閉じ込められるということか」

「だから忠告している。大城はこの中にいる。そして、中に入ったらでてこれない。それはどういうことだ?」

「お前、大城は戻ってこないって言いたいのか」

「言いたいんじゃない。そう言っている」

『♪』

 突然、ポケットの中のスマホが鳴った。真っ暗闇の中、不自然にポケットが光る。

「取ればいい。俺はお前を束縛したりはしない」

 そう言って坂口は笑った。なにからなにまで癇に障る男だが、今は妙な威圧感を放っている。

 俺の知らないところで、俺が知らないなにかが……この中で行われている。それだけは確信として俺の心臓を捉えていた。

めろん。51へつづく

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