【連載】めろん。23
・早乙女 公佳 16歳 高校生①
怖いよ……怖いよ……
押し入れの中で声を声を殺した。
ドン、ドン、とドアを叩く音。
ガチャガチャとノブをひねる音。
「ひっ……!」
それらが交互に聞こえてくる。暗闇の箱の中でもドアの向こうが透けて見えるようで怖い。
けれどそれよりももっと恐ろしい音があった。
『メロン! メーローンー!』
この声だ。メロンという意味不明の怒鳴り声。メロンがなんなのだ。
わけがわからなさすぎる、頭がおかしくなりそうだった。
なによりも私を混乱させたのはアレが母親の声だということ。母親が乱暴にドアをガチャガチャドンドンして、メロンと叫ぶ。これが怖ろしくないわけがない。
『メロン! メロン!』
鍵を閉めた部屋。部屋の奥の押し入れ。この小さく狭いスペースが私にとって、唯一の安全帯だった。だがそれもいつ侵されるかわからない。あのドアが突破されれば、ここを暴かれるのも時間の問題だ。
ドン、ドン、ガチャガチャ、ドン、ドン、ガチャガチャ
私はただ、固く瞼を閉じ、耳を塞いで、この夜が一秒でも早く明けることを願った。
思えば、今日は朝からなにかがおかしかった。
朝食の時間。食卓を囲む私以外の家族はみんな「メロン」としか言わない。
ふざけているのだとしたら気持ちが悪いと思いながら、ミュージックプレイヤーのイヤホンを耳に差し込むと大好きな曲はみんな歌詞が『メロン』になっていた。
もはやそれは音楽とは言えないものと変貌していた。
いよいよ異変は拍車がかかる。自分の不調こそ原因だと確信した頃、学校に着いた。
この時点で厭な予感は確信に変わる。そして、それは裏切られることはなく、現実となった。
「メローン!」
「メロンメロンメロンメロンメロン」
「メロン、メロン?」
学校の友達も、担任も、校内放送のアナウンスでさえも、世界の音がまるごと『メロン』にすげ変わってしまったのだ。
しかし、クラスの友達も誰も彼も、『メロン』と話す以外は変わらない。そうか、私の耳がおかしくなってしまったのだ。
つまり、……病気?
「き、気分が悪いので早退します!」
一方的に宣言し、脱兎のごとく教室を飛びだした。
イヤホンを耳の奥まで突っ込み、少しでも外の音からの遮断を試みる。遮断というのには頼りなさ過ぎたが、ないよりも断然マシだった。
電車の中ではさらに耳を塞いだ。今は、音が……音が怖い。
家に帰ると真っすぐ自分の部屋に飛び込み、部屋の鍵を閉めると押し入れに閉じこもった。私は病気なのだ。これがもしバレれば、きっと大ごとになる。
なぜなら音が『メロン』に聞こえる病気など聞いた事もないからだ。そんな病気などあるはずがない、つまり初の症例になるだろう。そうなれば、私は無茶苦茶をされるのではないか。
そんなはずはない、心の中で言い聞かせる。だが私の心を安らがせる要素はなにもない。ただできるだけ音を拒絶するだけだ。
――でも、もしも私ではなく『私以外のみんながおかしい』としたら?
ふとよぎったその仮説が決定的だった。
自分がおかしいだけなら、きっと病気かなにかだ。だが逆だとしたら、それはすなわち『世界がおかしい』ことになる。
それが私を蝕む恐怖の源泉となった。
『メロン! メロン!』
ドン、ドン、ガチャガチャ
――そうだ。おかしいのはあっちだ。みんな……『メロン人間』になってしまったんだ。
そう考えると徐々に気が和らいでいくのがわかった。
――『メロン』人間なら、殺して食ってやればいい。どうせ果物なのだから血もでないし内臓もない。お母さんに似ていてもそれはお母さんではなくメロンなのだから、殺すのではなく収穫だ。
ああ、そうか。そうなのか。
なんだかおかしくなってきた。果物相手に怖がっていた自分がある意味でおかしかったのだと気づいたのだ。
そうとわかれば――
『メロン』
「……っ」
男の声だ。知っている人の声ではない。
それにうちは母とふたり暮らし……女しかいない。一体誰だ。
『メロン? ……メロン』
警戒しながら押し入れのふすまをすこし開け、ドアのほうを覗き込んだ。
コンコン、と静かなノック。そして、ドアの足元の隙間からなにかがにょっきりとでてきた。
――なんだろう、あれ。
物音を殺して近づいてみる。これは……紙だ。何かが書いてあるメモのようだ。
『私はあなたに危害を加えるものではありません。『メロン』について調べている者です。もしこの手紙の文章が読めているなら、YESを〇で囲んでください』
――『メロン』について調べている者?
不審に思った。本当だとしても、なぜそれが私の家にくるのだろうか。いや、違う。
なぜ私が『メロンしか聞こえない』とわかったのか。疑問と不審が交互に覆う。
だがそれでも私には『メロン人間』とコンタクトが取れることのほうが衝撃的だった。向こうは『メロン』しか発声できないが、こうして筆談でなら会話が成立するのだ。
メモの文章の下にある『YES』という文字。 私は学校のカバンから筆箱をだし、赤いペンを握るとそれを大きく〇で囲んだ。
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