【夜葬】 病の章 -58-
「ぼぅっとするな! 貸せ!」
夜の闇に怒声が空に飲み込まれた。
突き飛ばされた拍子に尻もちをついた鉄二が放心状態で空を見上げると、乾いた寒空に星が瞬いていた。
キラキラと明滅する星と温かい笑みのように明るく照らす月。
鉄二はその柔らかい光をゆゆの笑顔と重ねた。
そういえば、笑顔だけは昔と変わらなかったような気がする。不気味に思ったことも、幼く思ったことも、妖艶に思ったことも、懐かしみを持ったこともあった。
ふと頬に伝う温もりを感じ、指で触れる。
にちゃり、という思っていたものと違う感触に驚き、掌を見るが暗くて見えない。
ただ粘り気のある液体がべったりと手についていることだけはわかった。
それで鉄二はにちゃりとした触感は、頬を伝ったものではなく元々手についていたものだと気づく。ではこの掌の液体はなにか。
仄かに温かさのある液体。それが付着した指先を何気に舐め、口の中に広がった鉄錆臭さから血だとわかる。
――なんの血だ?
鉄二は瞬間的に意識が、記憶が飛んでいた。
だが金属に引き合う磁石のように、血の味が鉄二の記憶を鮮明に蘇らせてゆく。
ざっく、ざっく――。
なにかを叩き切っているいる音に気付き、ふと目線を落とすと黒い人影がなにかに覆いかぶさり、鉈を振っている。
なにを切っているのかと目を凝らすと、それが明らかになるのとよみがえってゆく記憶が意識と接続するのが同調した。
「あ、ああ……ああっ!」
鉄二はすべてを思いだした。
覆いかぶさっている人影は窪田で、下敷きになっているのは――ゆゆだ。
ほんの数刻前まで、窪田とゆゆの位置は逆だった。
それが今、完全に形勢逆転している。
いや、決定的に違うことがあった。
それはゆゆはすでに事切れていたということだ。
「うああ……」
血にまみれた手で顔を覆いながら、指の隙間で窪田の背中を見つめた。
鉄二はゆゆを殺した。
脳天に鉈を振り落とし、唐竹を割るようにゆゆの頭を割った。
その瞬間から鉄二は数刻、意識の所在が遊んでいたのだ。
そして、それらがすべてよみがえった今、窪田がなにをしているのかも理解した。
窪田は、ゆゆの体を鉈で切断していたのだ。
「や、やめろ窪田……! ゆゆはもう死んでいる!」
「馬鹿いうな、あんたが俺に言ったんだろう。『村で死んだ人間は起き上がり人を殺す【地蔵還り】になる』って」
窪田はゆゆが起き上がらないよう四肢を切断しているのだと言った。
ほら、と得意げに持ち上げた手には肩から切り離されたゆゆの腕。首を切断しているのかと思った鉄二は口をあんぐりと開けたまま固まる。
「首を切断したら解決するなんて言ってなかったろ。首を切断して安心しているところに体が襲い掛かって来てみろ。そっちのほうが面倒だ」
そういう窪田の声は嬉々としていた。
まるで人間をバラバラにする作業を楽しんでいるようにも取れた。
「だからよ、俺は手足を切り離しているんだ。物も使えない、立ち上がることもできないなら胴体と首がくっついてたって問題ないだろ」
ざっく、ざっく、と繰り返し鉈を振り下ろす窪田は平然と言い放つ。
鉄二は窪田を選んだ。
幼いころから知っている、家族のような女。
体を交わらせ、自分を慕ってくれていたゆゆを自らの手で殺したのだ。
その事実が鉄二を追い詰めた。
ざっく、ざっく、というゆゆを切り離す音を聞く度に、取り返しのつかないことをしてしまったという罪悪感が鉄二を苛んだ。
「てっちゃん」
するはずのない声に振り返ると暗闇の中にも関わらずはっきりと視認できるゆゆの姿があった。
「ゆ、ゆゆ!」
「てっちゃん。いいんだよ。私、てっちゃんになら殺されても」
「すまない、ゆゆ……俺は、俺はぁ!」
「てっちゃんは泣き虫で弱虫で、いつも私がいなくちゃだめだったもんね。大人になって強がっていてもてっちゃんはてっちゃん。本当は弱くて、流されやすくて、やっぱり私が支えてあげなくちゃって思ってたんだ」
「ゆゆ……うう……ゆゆぅ~……」
「だからね、私を殺すことでてっちゃんの中にずっといれるなら、それもいいかなって思ってるの。けど、啓介だけは許してあげてね。私はいいの。啓介は――」
ゆゆはそこまで言うとにっこりと笑った。
それは鉄二の知っている、幼馴染の少女……ゆゆの笑顔だ。
「俺を……赦してくれるというのか……ゆゆ……」
笑顔のままゆゆはこくり、とうなずいた。
鉄二はその笑顔に釣られて笑みを滲ませた。
その瞬間、ゆゆの脳天から鼻の下まで亀裂が走りVの字にばっくりと割れた。
鉄二がそれに凍り付いたのと同時にはっきりと姿を見せていたゆゆの姿がぼやけ、体から腕が落ち、足が棒のごとく倒れて胴体がどすんと地面に落ちた。
それらはすぐにその場から消え、ただひとつゆゆの頭部だけが宙に浮き鉄二を見つめていた。
「黒川さん、見ろよ! 化け物女の首だぜ!」
宙に浮いていたゆゆの首は、窪田が切断し掲げたそれだった。
「こんなにばっくり割っちまうなんて、よっぽど怖かったんだねぇ。はは」
窪田はゆゆの割れた頭の口を両手で掴むと、ふたつに引き裂こうと力を入れた。
ゆゆの顔面は奇麗には別れず、顎を残し無様にふたつに割れた。
窪田は狂ったように笑い、草むらに落ちた脳みそを鉈でぐちゃぐちゃに潰す。
「こうした方が獣が喰いやすいだろ? あと虫とか」
窪田の野蛮な行為を止めようと思ったが、鉄二は込み上げる吐き気に勝てずその場にいの中のものをすべてぶちまけた。
「さすがに肉斬るためのもんじゃないから刃がぼろぼろになっちまったよ。この鉈はもう使い物にならねえな。……ん?」
ゆゆを殺し切断した鉈を無造作に放り投げた窪田がなにかに気付いた。
「黒川さん、あの赤ん坊はどこだい?」
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