嗤う旅かつてそこにあった栄華 兵庫神子畑選鉱場 1

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■雨の山道
バーガーシティの百円バーガー
をムッシャァと貪り食った我々は、次に兵庫県朝来市にある『神子畑選鉱場跡』へと向かいました。
田島大仏へ訪れた時にはピーカンの快晴だったはずが、いつのまにか空は灰色に。まさかとは思うけどまさか、雨なんて降らないよねまさか。とまさかを連発してしまうほど不安に胸が押しつぶされそうになりました。
そんな最東の不安をよそに雨がちらつき、神子畑選鉱場に到着するころにはまあまあの雨量、こりゃまいった。
時刻も16時を過ぎていて、リミットも間近。ギリギリ明るいうちにやってくることはできたものの、じっくり見るにはタイトに思いました。
最東がやってきたのは10月後半。冬も間近のシーズンとあって、日が短い。18時には暗くなるのでこの季節はそれまでがタイムリミットです。
その上雨まで降られてしまうとさらに早くなってしまいます。
しかし鉱山跡は迫力にこそ圧倒されるものの、見るところは少ないので撮影の時間を含めても長時間の滞在はないだろうと高を括っていました。なぜなら、廃墟と同じくほとんどの場所は内部への立ち入りが禁止されているからです。
中で散策しなければ外から眺めるしかないので、それ自体にそれほど時間を費やすことはない。経験則としておそらくそうだろうと思っていました。
しかし、そんな感覚とは別に舗装されている道路を走りながら「本当にこんなところに鉱山跡があるのか?」と不安になります。と、いうのも舗装された道路をずっと走っていたからです。
もちろんそれ自体は不自然ではないですが、行き先が鉱山跡である以上近づくにつれて多少なりとも険しい道のりになりがち。今回も多分に漏れずと思い、覚悟していたのですが距離がいくら縮まっても道のりが険しくなる気配がありません。
とはいえ山道には変わらず、雨と共にどんどこと暗くなっていきます。
「おおっ!」
それは突然、現れました。
■みこみこばたばた
「おおっ!」(再放送)
ナビではすぐそばまできているはずなのにどこなんだよゴルルァ、と思っていたところ急に飛び込んできた巨大な炭鉱跡。しれっと現れすぎて驚いてしまいました。
「車停めないと……」
すかさず車が停められるちょうどいいスペースを探していると、「あそこに駐車場がありますよ」とイマム。
馬鹿言ってんじゃないよ、これだからトーシロは。おいちゃんは知ってんだ、こういう場所でご丁寧に駐車場なんてありゃしないよ? だからその辺にペッと停めてささっと用事を済ませたら忍びの如くその場を静かに去るのさ、これだから売れっ子は世間知らず……
などとまくし立ててやろうかと思っている私をよそにイマムが指さした方向をみると、ものすごくちゃんとした駐車場がありました。
「な……ん、だ……と!?」
目を疑ったのは駐車場だけではありません。なんと神子畑選鉱場周辺は公園のように整地されており、駐車場は当然のこと資料館や交流館などの施設もありました。
なんというか、ちゃんとした観光施設として機能しているのがわかります。
「ほえー」
正直面食らいました。
以前、滋賀にある土山倉鉱山跡を訪れたのですが(この時も暗かった)、そこへ行くまでの道のりは結構険しかった覚えがあり、こういった山奥の要塞廃墟はどこもそういうものだという先入観があったのです。
しかし、よくよく考えてみれば神子畑選鉱場にはかなりしっかりとしたHPがありました。その時点で気づくべきだったのかもしれません。(遠い目)
気を取り直し、駐車場に車を停めるとまず『神子畑交流館 神選』という施設に立ち寄りました。
「すみません、中に入ってもいいですか」
「あ、どうぞ~。17時までですけどいいですか?」
大丈夫で~す☆ と答えつつ時間を見ると16時30分を過ぎていました。おお、かなりぎりぎりだ。
中に入ると神子畑選鉱場の在りし日の模型や、当時使われていた道具などの展示がありました。どちらも見応えがあるものの、いかんせん時間がない。
あ、そういえばみなさん。『神子畑選鉱場』って読めましたか?
「みこばたせんこうじょう」って読むんですよ。最東は交流館に来てはじめて知りました。()
■不夜城、落つ
さて、気になった方もいるかもしれません。
ここまで最東は神子選鉱場跡のことを、「鉱山」だとか「炭鉱」だとか書いてきました。実際、訪れるまで呼び名が違うだけで同じものだろうと思っていたのですが交流館の職員さんのガイドで違うものだとわかりました。(遅い)
神子畑選鉱場は兵庫県朝来市佐嚢に位置し、かつて隣町にあった明延鉱山の選鉱施設として建設された選鉱場跡。
明延鉱山は戦国時代頃から採掘が始められ、金・銀・銅・鉛・錫などを産出してきた多品種非鉄金属鉱山だ。
実はこの神子畑選鉱場跡も、かつては鉱山として繁栄した時期がある。
その歴史は古く、800年頃から鉱山として開拓されていたという。銀と銅を産出する鉱山で一時は生野の支山として幕府の管理下に置かれたが、生野銀山よりも鉱石の出産量が不安定だった為、繁栄と衰退を繰り返すこととなった。
明治11年には神子畑周辺で有望な銀の鉱脈が発見されたことから近代鉱山開発が進んでいく。(神子畑選鉱場跡HPより)
http://mikobata.com/how/
つまり、鉱山ではなく鉱山から運んできた鉱物を選別する施設だったようです。
山の斜面を利用して建設された神子畑選鉱場はその規模ゆえ『東洋一』と呼び名も高く、海外からも視察団がやってくるほどでした。
また24時間フル稼働だったこともあり、夜どおし輝きつづけたことから『不夜城』とも呼ばれたといいます。
不夜城の明かりが消えたのは昭和62年。明延鉱山の閉山に伴い、神子畑選鉱場はその役目を終えました。
選鉱場はその後、平成16年に解体と相成り基礎構造のみを遺したのが現在の姿だそう。
敷地内に展示されている可愛げのある電車は鉱山で働く従業員が通勤に使われていた電車で、運賃がなんと一円。それゆえ『一円電車』と呼ばれ、実に昭和60年までの間親しまれてきた電車です。
交流館には在りし日の神子畑選鉱場の写真が飾られており、まさに不夜城という呼び名にふさわしい物々しくも堂々とした姿がありました。

正直なところ、現在の姿と稼働当時の姿は程遠く一致しませんが、その巨大さを前にすると思わず怯んでしまいそうです。
怪紀行かつてそこにあった栄華 兵庫神子畑選鉱場 2へつづく
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