ホラー小説 / 食べる その3
■赤い手から逃れて
「わあああっ!!」
ヨータの血で真っ赤に濡らした手で俺に触れようとしたまさやの肩を押し、なんとか振り払った。
俺が押したせいでまさやは足をよろめかせてヨータの横たわる調理台に腰をぶつけた。
『びちゃびちゃ』
その振動でボウルに入ったヨータの内臓が床に落ち、赤黒い血にまみれぬらぬらと鈍く光を吸うそれを見て、またこみ上げる物を感じた。
「うぶっ……ん、んぐ」
ここで吐いてしまえばその隙に捕まってしまうと思った俺は、なんとか必死にこみ上げた胃液を無理矢理呑み込む。
「……純ちゃん……陽太の“中身”が落ちちゃったじゃない……なんでそんな酷いことするの……」
おばさんは悲しいのか怒っているのか、全くそれを読み取れないなんとも言えない表情で俺を見てゆらゆらと肩を揺らした。
「お前、どうしちまったんだよ……一体、どうしたんだ」
ケンが憐れんだ目で俺を見詰め、直樹は落ちた内臓を素手で広いボウルに戻している。
カンッ、
突然、緊迫した室内に堅いものを打ちつけるような甲高い音が響いた。
カンッ、カン、カン、
音の主を探し首を回すとそれはヨータの奥さんである美香だ。
カン、カン、カン、
■主人の頭を割る音に
「う、うう……」
余りの恐ろしさに唸り声が上がる。
先ほどの呑み込んだ胃液の底から湧き出るように出たその恐怖の声は、ただ美香の先へとだけ向けられている。
カン、カン、カン、
「……」
美香は黙って、ヨータの額に鑿(のみ)を突き立て、それを金づちで叩いている。
この甲高く響く音は、美香がヨータの頭蓋骨を割る音だったのだ。
「みんな……そんな人放っておいて、早くヨータを調理しましょう。じゃないとヨータがかわいそう……」
その美香の言葉にそれぞれが顔を見合わし、軽く頷くと黙ってヨータの台へ戻ってゆく。
俺はただそれを呆然と立ち尽くし、眺めるしかなかった。
カン、カン、ガギッ
「あ、みんな見て。陽太の頭が割れたわ」
ケンや直樹達がヨータの頭を覗き込み、その背で何をしているのか全く見えない。
だが、これまでの流れ的になにをしているのかは分かっていて、そして早くこの場を離れなければ、
更に見たくないものを見てしまうということも理解していた。
なのに、床につま先と踵が杭で打ちつけられたように足が動かない。
それが恐怖によるものなのだと、その時の俺が気づくはずもなかった。
「おお~!」
まさや達の小さい歓声。そして、美香が両手で大切そうに取り出したそれを見てはいけないと分かっていたのに、見てしまった。
ふるふると弱く掌を伝わり震える、ピンク色の物体……。
「陽太……陽太の脳みそ……」
美香はヨータの脳みそに頬ずりをしてうっとりとした表情で笑った。
「ひぃぃっぃいいいいいいっっ!!」
■そしてまた一本の電話が……
そこからどうやって離れたのか。
どうして俺はここに来れたのか。
それらの記憶が全くないほどに俺は混乱し、無我夢中で逃げてきたようだ。
ふと我に返った俺が座っていたのは、住宅街の中にある公園のベンチだった。
ガコッ
公衆トイレの脇に設置された自動販売機で、俺は炭酸飲料を買い勢いよく喉に流し込む。
とにかく喉がカラカラだった。
「……夢……じゃないよな」
俺は半分ほどまだ残っている缶を空き缶入れに投げ入れ、トイレに入って自らの顔を鏡に映した。
「ひ……」
俺の頬には赤い三本の筋が走っていた。どうやらこれは血の跡らしい。
「……あの時……」
まさやが俺を捕まえようと手を伸ばし、それを払いのけた時についたのだろう。
まさやの血にまみれた指が一瞬、俺の頬に触れたのだ。
「……ヨータ」
頬の血をなぞり、これがヨータの血だと思うと急に血の気が引き、寒気がした。
全開にまで蛇口をひねり、手洗い場の陶器を割ってしまうかと思うほどの勢いで激しい水音を弾かせている水を両手で掬い、何度も顔を洗った。
首元から胸、両手の裾がびしょびしょになったが気にも留めず、俺は何度も顔を洗った。
早くこの頬の血を洗い流してしまいたかったからだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
……消えた。血が、消えた……よかった。なんとか今まであったことを夢にすることができたぞ。
『♪』
携帯電話の鳴る音。
「う……」
着信を見るのが怖い。
まさやか? ケンか? 直樹だろうか? それともおばさん……いや、奥さんか……。
震える手でポケットで震える携帯電話を探り、取り出す。
そして画面を見ようとした時……
『♪…………』
音が鳴り止んだ。同時に振動も大人しくなった。
「よかった切れたか……」
『♪』
「うわあっ!」
着信が途切れ、安心しかけた俺の手のひらの中で、再び携帯の振動が躍ったのだ。
「……?!」
■妻からの電話
画面には妻の名前が表示されていた。
丁度良かった……ここまで迎えに来てもらおう。なんとか上手い言い訳をして、一人で帰るのを避けよう。
そうも頼りないことをつい考えてしまい、自分が如何に弱っているのか痛感する。
「もしもし、あのさ、悪いけど」
『純! しんやが……しんやが……!』
妻は息子の名前を繰り返している。声が上ずり、言葉が震えている。
「どうした? しんやがどうした?!」
その声を聞いた瞬間、なんとも言い難い嫌な予感が背筋から全身に駆け抜け無意識に俺は呼吸を止める。
「しんやが車に……」
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