【連載】めろん。99
・破天荒 32歳 フリーライター㉔
「……じゃあ弘原海さんも広志がどこに行ったかまではわからないんですね」
「えー……申し訳ないです。彼には彼の目的があるかと思いますので、協力を要請されないかぎりは出過ぎた真似はしないようにと」
だがこんなこと(私が指名手配され広志の行方がわからない)になるならしっかりと関わっておくべきだったと弘原海は悔いた。
「そんな、弘原海さんは充分協力してくれましたよ! 一歩間違えば自分にも危険が及ぶというのに私までこうして匿ってくれたし……」
「いえ、警察官としては失格ですよ。彼も同じ公僕だというのに」
なんというお人好しなのだ、私はすこし呆れてしまった。だが感謝していることに偽りはない。
ここに長居すると弘原海に迷惑がかかる、頃合いを見て出ていくと申し出るが弘原海は拒んだ。
「あー……やめておいたほうがいい。しばらくこの警戒態勢は解かれないはずです。いま出ても捕まりに行くだけです」
「でもそれじゃあ弘原海さんが」
「私のことはお気になさらず。どうせ気ままな男やもめですので」
さっき広志の話の最中で弘原海はさらっと奥さんのことを話した。大事な人を失い、ひとりになってからはここから出ることも考えなくなり、ただただ日々を生きているだけだと語った。
それを聞いて無性に悲しい気分になる。
だが弘原海は大城や広志と出会ったことですこしは張り合いができたと笑う。課は違えど、警察官だった頃の自分を思い出すことができた……と。
「それで……その、広志の行き先に心当たりとかありませんか」
「なくはありませんが、あー……おすすめはできません」
弘原海はスーパーの話を出し、広志にそこだけは行くなと釘を刺した。
「あの時、彼は危険を理解したと思いますのでわざわざ行くことはないはずですが……」
万が一の可能性を口にする。なにがあったかわからないが、広志が危険を承知でスーパーに入ったということも考えられる。ひとりの時ほど無鉄砲なことをする性格だということも知っていた。
「もしかしてスーパーになにか手がかりを見つけたのかも」
「だとしても無謀すぎます。まがりになりにもー……同業者の言葉ですから、それなりに真摯に受け取っていただけたと信じたいですが」
思わず唸る。
広志はわかっている。危険だと充分承知の上で赴いたことは非常に考えられることなのだ。私自身も坂口からスーパーが危険だということは聞いていた。
「あー……雨宮さんはどのようにお考えですか」
「わかりません。人の忠告を聞かずみすみす危険地帯に入っていくようなバカでないとは思います。ですが、やむを得ない事情があった場合……特にアイツの場合、他人の身に危険が及んだ時などは危険を顧みずに突入することはあり得ます」
「まー……そこは私も警官でしたので理解できないことはありませんが」
そう言って弘原海は苦い顔をした。警官という生き物の性には逆らえない。物言わずそう言っているようで心が痛かった。
「なんだか話せば話すほど広志がスーパーにいるような気がしてきた」
「んー……私は彼と親しいわけではありませんのでわかりませんが、警官として不測の事態が起こったと想定するならばなくはない、といったところでしょうか」
あそこに広志がいるかもしれない。たったそれだけの、頼りない可能性に賭けて危険だとわかりきっているスーパーに向かっていいものか。
仮に広志があそこで捕まっているのだとすれば、もう生きてはいないかもしれない。それに広志でさえどうにもできない場所だとしたらそれこそ私にできることなどなにもないのではないか。
それでなくとも町中の住人に捜されている身の上だ。おめおめと外に出たりしたらすぐにアウト。スーパーに辿り着けたとしても、余計に無理ゲーだ。
結局、私は無力なままだった。最初から最後まで役に立たない、ただの女。
檸檬と理沙が死んでいないのならば、この身を賭してでも救いださなければならないというのに、無策と同義の無謀だけが閃く。
自分を犠牲にすることを厭わなくとも、それが無駄死にで終わるのならば慎重にならなければ――。
「お悩みのようですね。どうでしょう、ひとまずお休みになって改めて明日考えては」
「すみません、それはダメなんです。私には放っておけない幼い姉妹がいて、広志も大事だけどその子たちだけは……」
「メールの子供ですね。心配でしょう、ならばこういうのはどうです」
弘原海の提案に思わず生唾を呑み込んだ。
「……私と一緒に、ですか」
「ええ。まー……私のような年寄りが同行したところで役には立たないかもしれませんが」
「そんな! 助かりますし、ありがたいです。願ってもないお申し出ですよ! でも……それはできません。私のせいで弘原海さんまで」
「子供のこと、心配なのでしょう? 私も同じです。それにここで引きさがってしまったら、あなたや綾田さんが私と同じ目に遭ってしまう。それだけは……」
弘原海は自分の妻はめろんを発症したから死んだ、と説明した。だからこそ非めろんの人間が大事な人間を失うのだけは黙っていられない……と。
「お願いしても……いいんでしょうか」
弘原海はにこやなか表情のままこくりとうなずいた。
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