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【夜葬】 病の章 -72-

公開日: : 最終更新日:2018/05/08 ショート連載, 夜葬 病の章

―71―はこちら

 

 

一九五九年四月。

 

 

「本当にみんな“船”がつく苗字なんですねえ」

 

 

ある男から耳寄りな情報を得た葛城倫也(かつらぎみちなり)は、鈍振村にいた。

 

 

後ろには数人の男女がぞろぞろと続いている。

 

 

それぞれにカメラや照明器具などを背負い、物々しい雰囲気だ。

 

 

この年、テレビでは民放局が続々と開局し、NHKも徐々に放送を拡大しつつあった。

 

 

敗戦の記憶が段階を踏んで薄くなってゆくのと比例し、外国からの新しい潮流が日本に浸透し始めていた。

 

 

子供たちは少年コミック誌に夢中になり、王・長嶋がプロ野球界で非凡な才能の頭角を現し、黒部トンネルが開通。

 

 

目覚ましい速度で発展を遂げてゆく日本は、世界でも有数な途上国になりつつあった。

 

 

当然、テレビもこれまで以上に娯楽を茶の間に届けた。

 

 

テレビは家庭に一台、なくてはならないものになり、庶民の手の届かないものから身近なものになっていた。

 

 

葛城は、そんなテレビ黎明期の中にいてディレクターを任されていた。

 

 

とにかく面白いものはなんでも取り入れる。それがどんなものであっても。テレビ業界は貪欲に番組作りに励んでいた。そしてそれは葛城においても同じである。

 

 

【夜葬】のことを知ったのは、とある男からの投書からだった。差出人の名前は『黒川元』とあった。それが本名なのか、偽名なのか判別はつかなかったが、投書には【夜葬】にまつわる信じがたい風習の内容と、現在(いま)もまだその風習が行われていることが綴ってったのだ。

 

 

エログロは特に好まれる素材だ。露骨なものは放送できないかもしれないが、取材するだけの価値はある。葛城を止める者もいない。

 

 

投書には鈍振村の大まかな場所が記してあったが、それと一緒にある人物の連絡先も書いてあった。その人物の名は『宇賀神』。栃木の新聞社の編集長だとある。

 

 

『黒川元』は、宇賀神が鈍振村を知っていると書いた。そして、彼にまず相談しろ、とも。

 

 

必ず協力してくれるはずだと力強い筆跡で伝えていた。

 

 

そんな人物が本当にいるのか半信半疑だった葛城だった、宇賀神はいた。

 

 

そして、【夜葬】の話をするとすぐに飛びついてきたのだ。

 

 

「あそこの連中は余所者が嫌いでね。数年前に流行り病が流行ったのも俺らのせいにされたのさ。このまま村に長居すれば殺されかねないと思って、早々に引き揚げた。だが聞くところによれば病の問題は解決し、また【夜葬】が復活したという。こりゃあ取材を再開するしかないと思ったさ。だが、一度追い出されている立場としてはなかなか行く度胸がつかなくてねえ」

 

 

たばこの煙をくゆらせながら宇賀神は述懐した。

 

 

鈍振村のロケに宇賀神ら新聞社も同行したのだ。最初こそ葛城は宇賀神を煙たく思ったが、思っていた以上に鈍振村への道のりは険しかった。

 

 

投書にあった大まかな住所だけで辿り着ける自信はない。その点で宇賀神の土地鑑が大いに役立ったのだ。

 

 

「それにしても、死んだ人間の顔をくり抜くって。そんな村が本当にこの日本にあるんですかねえ」

 

 

葛城が笑いながら話題を振ると、宇賀神も声をあげて笑った。

 

 

「話によると、今は船乗りしかいないらしいね。俺が前に来たときは、船乗り以外の余所者が多かった。安息を求めて移住してきたんだと言っていたな。そのうちのひとりがうちの新聞社に【夜葬】をタレコミにきたんだ。だが、俺が来たときには夜葬はすっかり廃れていて、それを見ることは敵わなかった」

 

 

宇賀神の話に「船乗り?」と葛城が訊く。

 

 

「ああ、あの村に元々住んでいる連中はなぜだかみんな苗字に“舟”にちなんだ字が一字入る。うちに垂れ込んだ余所者の男が厭味を込めてそう呼んでるいたんだ。山に船乗りとは笑えるだろう」

 

 

宇賀神が言った通りに、葛城らは笑った。

 

 

一九五四年にこの村から一度撤退している宇賀神が、なぜ村の現状を把握しているのか。

 

 

当然、葛城もこの点には疑問を抱いた。そして、初めて直接会った際、率直に訊ねた。

 

 

宇賀神は、自分の会社にも『謎の投書』があったというのだ。だが彼は差出人の『黒川元』に関しても心当たりがあるといった。

 

 

「うちに情報をタレコミに来たとき、村からの使者はふたりだった。ひとりは窪田という男で、もうひとりは黒川といった」

 

 

「じゃあ、その男がそうなんですか」

 

 

「いや、手紙の差出人とは下の名前が違う。確か、そっちのほうは『鉄二』という名前だったはずだ。だが、船乗り姓でないうえに下の名前も違うから血縁者には間違いないだろう。窪田とは違い、社交性のないとっつきにくい男だったから『鉄二』ではないと思うね」

 

 

撤退してから五年経っているので、村は様変わりしているかもしれない。宇賀神はそうとも言った。もしかすると近代化が進んでいるかもしれない。事実、窪田は村に電気を引こうと画策していた。そうすると夜葬の復活すら怪しい。

 

 

あれこれと話した宇賀神だったが、それでも最後に付け加えた。

 

 

「仮に夜葬が復活していなくて、近代化が進んでいたとする。そうすると取材対象がなくなっちまうわけだが、そうでもない。あそこの連中は、なにかおかしいんだよ。なにかとんでもないものを隠しているっていうかな」

 

 

「とんでもないもの?」

 

 

「ああ。夜葬の荒唐無稽な内容の土着信仰はあくまでそれを隠す隠れ蓑みたいなもので、本当の意味での異常さがあるような気がしている。俺は前に居た時にどこかそう思った」

 

 

その根拠を訊ねる葛城に宇賀神は「勘だよ」と笑い飛ばした。

 

 

 

 

 

 

-73-へつづく

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