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【夜葬】 病の章 -20-

公開日: : 最終更新日:2017/04/04 ショート連載, 夜葬 病の章

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翌朝。最初に異変に気が付いたのは、船家の老翁だった。

 

 

「美郷~、悪いが収穫の手伝いを……」

 

 

家の中は暗かった。

 

 

普段の美郷ならとっくに起きて、納戸を開け放っているはず。

 

 

しかし、屋内は閉め切ったままでひと気を感じさせない。

 

 

「おかしいのぉ、まだ寝とるんか美郷」

 

 

訝しさに首を傾げながら屋内に足を踏み入れると、焦げ臭い匂いが鼻を衝いた。

 

 

咄嗟にそれが米を焦がした匂いだと察した老翁が釜場に振り返る。

 

 

間違いない。米を炊いたまま焼いてしまったのだと分かった。

 

 

「美郷が釜を焦がすなんて、珍しい……」

 

 

呟きながら老翁はひとまず納戸を開け、屋内に光を入れた。

 

 

明るくなった屋内を見回しながら、釜が焦げていることを除き、別にこれといって変なところはないと思った。

 

 

敢えていうのであれば、変わりない光景の中で美郷がいないことだけがおかしかった。

 

 

「よぉ船家」

 

 

美郷の姿を捜している老翁の背に、庭先から村の男が呼びかけた。

 

 

「なんじゃい」

 

 

「美郷を呼んでくれ。副嗣が村から出たようなんじゃ」

 

 

「はあ? 副嗣が村から出たじゃと?」

 

 

そう返事を返してから、老翁はハッと目を戻す。

 

 

炊きっぱなしで焦がした釜。

 

 

まるで神隠しにあったかのように姿を消した美郷。

 

 

同じくして村を出たという美郷の弟・副嗣。

 

 

「まさか、あいつら……姉弟で!」

 

 

老翁は美郷と副嗣が揃って村を出たのだと確信し、沸々と怒りを込み上がらせた。

 

 

「馬鹿にしおってあの愚姉弟め! 充郎というものがありながら……絶対に許さんからな!」

 

 

老翁は怒りのまま叫び、庭先に吊るした干し柿を力任せに引きちぎった。

 

 

 

美郷と副嗣が村を出たという話は、瞬く間に村中に広がった。

 

 

副嗣が村を出ることは時間の問題だと思われていたが、美郷まで一緒に出ていくとは誤算であった。

 

 

「美郷のやつ、前々から村を出ようと副嗣と画策しておったんだな! なんちゅう女だ!」

 

 

船家の老翁が収まらない怒りを猪口の底にぶつけるよう、強く置いた。

 

 

「しかしまさか美郷がねぇ……。そんな風に思ってるだなんて」

 

 

女性の中では少数ではあるが同情ともとれるような声が漏れ聞こえてくる。

 

 

公民館に集まった村人たちが、今回の件について話し合う中、気が気でないのは元だ。

 

 

元と美郷は、人知れず恋仲にあった。

 

 

そのことは村の誰にも知られてはいない。

 

 

だから余計に元は、自分になにも言わずに消えた美郷を思った。

 

 

「あの、もしかして副嗣が無理やり美郷を連れて行ったってことも……」

 

 

たまらず口を挟んでみる。

 

 

「そうだったとしてらわしらが朝まで美郷がおらんことに気付かんはずがない。無理に連れ出されたんなら叫び声のひとつでもあげるじゃろうが。それなかったっちゅうことは、あいつらは自分の意思で出たんだ!」

 

 

「決めつけるのは早すぎるんじゃないかなぁ、ほら、気絶させて担いでいったってこともあるし」

 

 

「なんだぁ黒川ぁ。お前、やけに美郷の肩を持つじゃねえか。もしかしてお前もあいつら姉弟とグルなんじゃ……」

 

 

「そんなわけないですよ! 俺は美郷を心配して……」

 

 

激しい老翁の追及に元はやや及び腰気味に反論するが、肝心なことを伏せての言葉は力を持たない。

 

 

一方で頭に血が昇りきっている老翁は、もはや周りなど見えていない。

 

 

怒りの矛先である美郷と副嗣が不在であるため、元への追及は半ば八つ当たりに近いものがあった。

 

 

「船家や、そんなにやいやいと言うもんじゃない。黒川さんがあの二人を外に逃がして得るものなどないだろうに。ええから少しは落ち着かんか」

 

 

「いいや! そいつはそもそも余所の人間だ! わしら【舟の衆】と違う姓の人間が村に住んどることに無理があったんじゃ! そいつを追放せにゃ、そのうちわしらまで【福の神さん】に見捨てられるぞ!」

 

 

「船家!」

 

 

船頭の一喝に場の空気が張り詰めた。

 

 

虎の如く勢いで畳みかける老翁も船頭の声で即座に黙りこくってしまう。

 

 

「……すまんな黒川さん。この村も古いもんでの、伝えも人もな。鈍振村の人間はみんな姓に【舟を連想させる字】が入っておる。そこから分かるじゃろう。この村以外の血が入ったことがない。だからわしはあんたを敢えて受け入れたんじゃ。何事も古いままでは廃れてしまうからな。船家の言っていることはその古い風習の最たるもんでな。

 

 

わしはあんたのことを疑ってなどおらん。すまんかったな」

 

 

「古いじゃと! いくら船頭さんでもそらぁないじゃろ!」

 

 

「黙っとれ! わしの言うことが聞けんのなら【地蔵還り】にするぞ!」

 

 

船頭の話と、老翁とのやりとりに元は口を挟めないでいた。

 

 

単純に迫力に圧されたということもあるが、それよりも知らないことがいくつも出てきたからである。

 

 

【地蔵返り】、【舟の衆】、【福の神さん】に見捨てられる……。

 

 

村に住むようになってしばらくが経ったが、知らない言葉には構えてしまう。

 

 

死者の顔をくり抜き、そこに飯を盛って食べ分けるという狂った風習が今だ生きる村だ。

 

 

『知らない』で済む問題なのか、その判別ができなかった。

 

 

地蔵には魂とされる死者の顔を、舟はどんぶりさんのことを意味する。

 

 

そして、この村の鈍振神社に祀られているのは【福の神さん】。

 

 

考えれば考えるほど、不吉なものにしか思えなかった。

 

 

 

-21-へつづく

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