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【夜葬】 病の章 -38-

公開日: : 最終更新日:2017/08/22 ショート連載, 夜葬 病の章

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鉄二が村に戻ってから数日が経った。

 

 

日々を重ねる毎に鉄二は驚きの連続だった。

 

 

鉄二が知っている鈍振村と、今の鈍振村は似ても似つかない、まるで別の村のようになっていたからだ。

 

 

まず、ひとつに夜がにぎやかになった。

 

 

【どんぶりさん】や【地蔵還り】に怯えなくなった村人からはすっかりと夜を恐ろしいものとしてとらえなくなり、夜中でも平気で互いの家を行き来するようになり、宴会も頻繁に行われていたのだ。

 

 

村に戻った数日前は偶然、福祭りの日だった。

 

 

だから夜に人が外にいること自体に不思議はなかった。

 

 

だが、祭りを過ぎても夜に人が出歩いている。

 

 

理屈はわかるが、あの頭の固かった村の連中がそれを簡単に受け入れるものかと鉄二は疑問に思った。

 

 

それについては一度、鉄二は道夫に訊ねたことがある。

 

 

「そりゃあ、そうだろうよ。お前のおかげだぞ鉄二。うちの村が【夜葬】をやめて火葬にしてから誰も怯えなくなった。死人をきっちり焼いて、骨を壷に入れて家に祀る。これが本来の姿なんだなぁって思うよ。それに、夜は長い。今まで夜を無駄にしていたなんて、なんて勿体ないことだったんだ」

 

 

豪快に笑い飛ばし、道夫は鉄二の肩を叩いた。

 

 

さらに道夫はこうも言った。

 

 

「それに俺たちはみんな、村の外にでているしな。大人たちはみんな出兵したし、外の世界の常識って言うもんを知った。それは大きい。だからお前の夜葬をやめて火葬にしようという案に誰も反対しなかったんだ」

 

 

気持ちの中では分かっていても、鉄二は目の前の村の変貌ぶりに納得まではできなかった。

 

 

夜出歩かなくなった。

 

 

それだけではない。

 

 

目に見えて人も増えている。

 

 

「あんた、東京からきたんだろ」

 

 

鉄二が川の水に足をつけて休んでいるところに、見慣れない男が話しかけてきた。

 

 

歳は鉄二よりも上か、同じくらい。

 

 

にこやかでも仏頂面でもなく、ごくニュートラルな振舞いで鉄二に近づいた。

 

 

「あんたは?」

 

 

「俺は窪田勝信。俺はあんたを知っているぜ。村じゃ有名人だ。黒川さん」

 

 

窪田と名乗った男に、鉄二は疑いの眼差しを向けた。

 

 

この男を見たことがないだけでなく、窪田という名前にもおかしく思ったのだ。

 

 

それもそのはず。

 

 

鈍振村に住む住民はみな、必ず苗字に【舟】や【船】……もしくは、それらを象ったような字が入る。

 

 

それなのにこの男は『窪田』という、舟とは何ら関係のない名を名乗ったのだ。

 

 

少なくとも、自分が知る上では例外的な名を持つのは黒川姓の自分だけ。

 

 

だから窪田が村の住民であることを匂わせたところで、鉄二は疑うしか方法をもたなかった。

 

 

「そんな顔をするなよ。村の人間の半数以上が太平洋戦争と過疎化で死んだとはいえ、あんたのいないたった六年で異常に増えたと思わないかい?」

 

 

「外からの人間を受け入れたのか」

 

 

「そうさ。あんたも見てきたろ、都会の現状を。GHQの占領が終わって、独立したはいいが完全に世間は調和を失っている。我先にと目を血走らせている日本は今や便利なだけで暮らしにくい。そういうのに疲れちまった俺らみたいなのが、こういう集落に新天地を求めてるってわけさ」

 

 

――なるほど。

 

 

確かに窪田の言う通りだった。

 

 

東京は息が詰まるほどに人が多く、仕事にも簡単につけない。

 

 

その上、ヤクザや薬、売春などのグレーゾーンと背中合わせ。

 

 

真面目に生きていようが、不真面目に生きていようが、どちらにせよ金がなくては話にならないところだった。

 

 

自分自身、なぜ村に帰ってきたのかということを鑑みた時に、窪田の話は納得できる内容のものだったのだ。

 

 

だが鉄二が疑問に思ったのは、窪田の事情ではなく村の事情だった。

 

 

「よくこの村の連中が受け入れたな」

 

 

「あんたも知っているだろう。この村の惨状を。死にぞこないの年寄りと、二〇人もいない若者。あとはガキだ。全部かき集めたって百人にも満たない寂れた村に必要なのはなんだ? 人手だろう。それにまともな思考を持っているやつは、あんたみたいに外の世界に出てしまう。そういう動きに歯止めをかけるには外からの流入を受け入れることだろ」

 

 

「……確かに。判断できるようなご立派なジジイはもういないからな。そうなれば、そうもなるか」

 

 

鉄二は村の光景を思い返した。

 

 

福祭りに集まっていた人の数は、戦争前と同等……いや、それ以上だったように思った。

 

 

それにあの立派な佇まいの校舎や、復興具合を見ても自分の知る村人の数では不可能に思える。

 

 

窪田が言うように、外部の人間を大量に受け入れた恩恵として村がよみがえったのだろう。

 

 

「あれだけ親父の言うことはなんにも聞かなかった連中が、気楽なこった」

 

 

窪田に【船】の姓が付かない理由に、鉄二は舌打ちをした。

 

 

太平洋戦争がなければ、未だに村は鉄二の声を聞かなかっただろうし、【夜葬】だって続いていたに違いない。

 

 

あの戦争で年寄りが死に、村の人間が減って【鈍振村】自体が弱ってしまったからこそ自分の声が通った。

 

 

なのに窪田を始めとした外部の人間をそんな苦労もなしに、『街からきた若い力』を免罪符のようにして受け入れたのだ。

 

 

抗いようのない時流の流れだと分かっていても、鉄二は内心面白いはずはない。

 

 

「実はね、黒川さん。俺も昔東京にいたんだ」

 

 

「へぇ、そうかい」

 

 

「ああ。この村の住み心地は気に入っているんだが、少々不憫なこともあるじゃないか。だから、時々ものを持ち込みたいと思ってるんだ」

 

 

「もの?」

 

 

「ああ、例えば煙草。そうだな、あとは酒だ。本や電機品もいい」

 

 

「電機品なんて持ち込んでも電気がないだろ」

 

 

「そういえばそうだな。とにかく田舎暮らしは退屈だ。他の連中はそうでもないようだが、俺やあんたはあの街を知っている。住むのはもうまっぴらだが全部失くすのは不便だ」

 

 

鉄二は心の中で窪田のいうことにも一理あるとうなずいていた。

 

 

「他に東京に住んでたやつはいないのか」

 

 

「いないが協力してくれるやつならいる。まあ、すぐにとはいわない。考えておいてくれ、遠いからなここからあそこは」

 

 

「そうだな。戻ってきてすぐにまたあそこに行きたくない」

 

 

窪田はその後ひとことふたこと会話を交わし、その場を去った。

 

 

様変わりしてしまった村の現状を噛み締めながら、鉄二は服のまま川に飛び込んだ。

 

 

-39-につづく

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